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フィンガーボウル①(披露宴にて)


遠い昔のこと。
誰の結婚披露宴だったか明確には思い出せないのだが、多分、親が社長で、その会社を継ぐことが決まっていた友人の披露宴での出来事だったように思う。

披露宴会場がホテル内の違う階の2会場にまたがるという豪華な宴だった。

例えば、披露宴のメイン料理も、ローストビーフではなく、ホンモノのステーキが皿に乗って出されていた。

そして、なぜこの披露宴が僕の記憶に刻まれることになったかということに思い至る。

テーブルに備えられていた、フィンガーボウルを生まれて初めて目撃した記憶のせいなのである。

おしぼりでいいんじゃね?
誰しも、そう思うだろう。

ところが、歴史のある、立地のいいホテルでの披露宴ともなると、おしぼり など許されない格式も備えていたのかもしれない。

まだ、バブル経済の残照が生き、休日のプレー費が軽く3万円を超え、ジャケット着用じゃないとクラブハウスを歩けないゴルフ場も多かった時代ではあった。

僕が見慣れないこの器にすぐピンときたのは、子供の頃に読んだマンガで、庶民家族(たしか野比家)が西洋料理屋に行き、緊張しているところ、のび太のパパ(たぶん)が誤ってフィンガーボウルの水を飲んでしまうというシーンを覚えていたからだ。

僕は、これなんだ?とは誰も周りに聞かずにすんでいた。
明らかに、料理ではない雰囲気を漂わせている道具だからだ。

友人テーブルには若者のみで紳士は皆無。本当に皆、これが何の道具なのか分かっていたのか今更ながら疑問なのだが、誰も周りにこの道具のことを尋ねたりはしない。

また、このフィンガーボウルを友人関係の、このテーブルで使用し始めた猛者も、皆無だったのだ。

僕は迷っていた。この道具を使うのか、使わないのか。

まだスマホは発明されておらず、携帯電話で料理の写真を撮ったり、検索するような文化もなかった。

使うまい。
すぐ決まった。
羞恥心からだ。

こんな得体のしれないものを使い始めた時点で、おそらく 知ったかぶり の烙印を押されてしまい、気まずい空気が友人関係のテーブルに充満するだろう。

いっそのこと、器の水を飲んでしまったほうが、場が和み、よい方向に全てが向かうことだろうが、元々そんな蛮勇もない。

それにしても、西洋とは、面倒な発明をしてしまったものだ。テーブルマナーだの、ネクタイだの、革靴だの、面倒くさい発明品のオンパレードだ。

鹿鳴館で西洋人の猿真似をして悦に入っていた明治の成り上がりの田舎侍どもとほとんど変わらないじゃあないか。

そんなことをおもいつつ、ケーキ入刀はおわり、皿に乗ったホンモノのステーキにナイフをたてる。

音をなるべくたてないように。

口に運び、また思う。
冷えてしまっている。熱々の鉄板にのせて持ってきてもらいたいものだ。

酒が入ってきて、このテーブルはとても盛り上がっている。相変わらず誰にも気にされないフィンガーボウルにふと眼を向ける。

酔った勢いもあり、
ついに誘惑に抗えなくなってきた。
ついに指を入れてみる。
酔った勢いで……。

でも、なにも変わらない。
不変。
快、不快もなにもない。。。

あっても、なくても、あまり困らないという絶妙な存在感。
箸やスプーンほどの必要性はない。

ストロー、
鉄板ステーキのとうもろこし、
電柱に張られたキャッシング広告、
留守番電話
二千円札、
ざるそばの海苔
etc………。

いつか花開くのか、フィンガーボウルよ。憎めない君。

またどこかで会えるかね…………














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