秋田県 乳頭温泉 「鶴の湯」 オマヌケ宿泊記
特集記事に、白河静夜がまさかの参加です。
寒いと温泉にでも浸かりたいなあ、と思うのが日本人。ホント日本人はお風呂が好きだよね。
予防接種に行って、
「今日お風呂入ってもいいの?」
って聞くのは、世界中で日本人だけじゃなかろうか?そんぐらいスキ。
そういうボクも例外じゃなく、お風呂に入らないで布団に寝るのはNG。前の勤め先の上司が、シャワーは出勤前、寝る時は風呂に入らないという人がいて、
「じぇじぇじぇー!」
と思っちゃった。
前置きが長げーな、スイマセン、そろそろ本題に。
ボクは一時、温泉にも足を運んでいたんだな。それも秘湯と呼ばれる温泉に興味があって、この「鶴の湯」は秘湯として最も有名だし、どーしても一回は行ってみたかった。
30代の頃、もう20年も前になるが、知人のSさんが車で母とボクを連れて行ってくれた。
人気の温泉なので予約がとれない、というので、旅行会社のおネエさんに頼んだら、早々に予約をとってくれて、ありがたかったな。
遠くまで行くんだから、せっかくだし、宿泊費も安いし、12月の暮れに二連泊の贅沢を決め込んだ。
と、ここまで読んでいただくと、今回は真っ当な記事をかくんだねー、と思うかもしれないが、後半はアホな展開になるのでご安心を(笑)。
いくら日本一の温泉だからといって、温泉は至福なことばかりではないよー、というお話です。
「鶴の湯」は見出しの写真の通り、野趣な雰囲気溢れる露天風呂も有名だけど、この宿泊場所の造りが昔のままで、これも人気のひとつ。
この時ボクらは、映ってないけど写真右側にある、ハナレという個別の小屋のようなところに泊まった。
受け付けを済ませると、まず長靴を渡される。露天風呂は写真の中央の通路をずっと行った奥にあって、常に雪が積もっているから、移動用に用意されるんだな。
ハナレの小屋は真ん中に囲炉裏があって、薪の火が暖かく、何だかにっぽん昔ばなしか、時代劇の世界に紛れ込んだような錯覚を起こす。そういう雰囲気がとてもいい。
早速長靴を履いて、いそいそと露天風呂へ。
通路の両側に続く宿の長屋は、雪景色の夕暮れの中、微かな灯りが映えてレトロな情景が素晴らしい。
露天風呂は広く、硫黄の匂いと湯気が立ち昇っていて、すでにたくさんの宿泊者の人たちが湯に浸かっていた。
隅の脱衣所で浴衣を脱ぎ、湯に入る。グレーに濁る温泉は調度エエ熱さで、外気が冷たいから、いくら浸かっていてものぼせない。
混浴だから、何となく人の目が気になるが、みんな湯から首だけ上を出して、虚空を見つめてじっとしている。普段のストレスの環境から解放されて、自分だけの至福の時間を楽しんでいるんだろう。すぐ傍に若い外国人女性がいて、ちょっとドキリとしたりして…。
ハナレに戻り、何をするともなく旅の風情を満喫していると、やがて宿のおじさんが、おかもちに入れた夕食を運んできてくれた。
この宿の名物である、芋煮鍋が囲炉裏のいかりに吊るされる。そして別皿にイワナの塩焼き。三人で美味しくいただいた。
夜はシンとして、ただ、ゆっくりと時間が流れてゆくのだった…。
普通はこれが「鶴の湯」の体験記として、もっともふさわしい内容だろうか。
しかしボクの場合、良いとばかりとは言えない温泉旅行になった。要するに旅上手ではないのである。
まず、異変は一泊目の夜から始まった。
頭がガンガンに痛いのだ。普段から頭痛持ち気味で薬を携帯していたが、厄介なのは薬を飲んでも治らないことだった。
原因は囲炉裏しか考えられなかった。プチ一酸化中毒気味になっているようなのだ。宿のためにも誤解ないように言っておくが、生命に危険があるレベルではもちろんないですよ、だって母とSさんは何の症状もないんだから。
でも、ボクにはどうも環境がよろしくない。
で、小屋の水道。凍結防止のため、ずっと細く蛇口から流れているのだが、この水がとにかく冷たい。人生でこれより冷たい水に触ったことがない。雪解け水なのだろうが、栓を全開にして顔を洗おうなんて勇気はとても湧かないレベルで、手を洗った時は凍るのではないかと思ったほどだ。だから指先につけて、目をチョボチョボやるのが精いっぱい。
連泊だから、迎えた二日目。
場所が場所だけに、どこかへ出かける、ということもない。仕方なく宿の外へ出てその辺を散策してみたが、雪景色以外、特にどうこうはない。
昼になり、食堂でカレーを食べる。そのあとは小屋にこもって、トランプでもやろうか、というメンバーでもなし、人生ゲームは持っていない。特にやることはなく、ゴロゴロしていた。
死ぬほど退屈だった。温泉入りに行けよ、と思うかもしれないが、夜もあるし、昼間は日帰り客でいっぱいで、そうは行けない。
ボクは段々、伝染病にかかって、隔離されているような気分になってきた。頭痛も治らないし…。
そのまま夜になり、昨日と同じおじさんが夕飯を運んできた。芋荷鍋が昨日と同じに囲炉裏のいかりに吊るされる。焼き魚はイワナからアユに変わっていた。
昼にカレーを食べたのも良くなかった。そのあと特に腹の空くようなことをしなかったのもイケナイ。
芋煮鍋の濃いめの味が胃にもたれる。三人とも半分も食べられなかった。
この「鶴の湯」は、普通の温泉施設と違い、とにかく露天風呂を満喫するのが醍醐味だから、温泉以外のお湯で体を洗ったりする洗い場はない。もちろん石鹸や備え付けのシャンプーもない。
だから髪を洗いたい、と思っても無理で、あるのは流し場からとうとうと流れる氷のように冷たい水だけだ。
二日目であるし髪を洗おうかな、と思ってみたが、その水流を見るにつけ、気絶するかもしれないと恐ろしくなり、やめた。ひとり小型のシャンプーボトルを携え、今まさにその苦行に挑もうとする男性がいたが、見ていられなかった。その後その男性がどうなったかは知らない。
とぼとぼハナレの小屋に帰り、治らない頭痛を抱えて布団に横になった。だが体が怠けているので、なかなか眠れない。起き出して仕方なく眠剤でも飲もうとカバンをゴソゴソやっていると、
「人が寝てからゴソゴソやるな、昔からオマエはそうだ。だからダメなんだ」
と、今では認知症を患っている母から鬼のように咎められた。
翌日、髪の先からつま先まで硫黄臭いまま、我々は東北道を東京に向かってひた走ったのだった。
Sさんは、早朝の四時頃に目が覚め、一人で露天風呂に行ったそうだ。誰もいなくて、それは何とも言えない優越感に浸ったとか。
「ああ、そうかい」
と言っておいた。
もう一泊は別なところにすれば良かったかなあ、と今でも思う。
湯治なんかでは、何泊もして療養や静養する人もいるけれど、ボクの場合似たようなことをするにはあまりにも健康すぎた。
断っておくけど「鶴の湯」は良い温泉だし、素晴らしい宿です。ボクの泊まり方が似つかわしくなかったというか、マヌケだっただけですよ(汗)。
だから、一泊で良い。
(見出しの写真は、鶴の湯入口に佇む母とSさん)
鶴の湯の詳しい案内はコチラから。