ライン随想録 やさしい欧州通貨・ユーロのはなし
1997/10/2 ライン随想録・スイス・バーゼルレポートより
随想録
以下のはなしは井浦個人の見解であり、勤務先のBIS・国際決済銀行の見解とはなんら関係がないことを最初にお断 りしたいと思います。
この9月末に小さなグループの集まりがあり、家内とスイスからパリにでかけた。
何人かのお仲間と夕食を一緒にす る約束で、その日の午後時間のゆとりがあったので、オペラの近くにショッピングに出かけた。
デパート巡りにも疲れたので、近くのカフェで冷たい飲み物でも取っていると、となりのテーブルにイギリス人のティーン・エージャーがひとりで座っている。
話し掛けると、エジンバラから来たスコットランド人でパリに仕事を求めにきたとのこと だ。
フランス語ができないらしい。
近くの「パブ」で働きたいとのことで、そこのカードをカフェのボーイに見せて、英語で聞いていたが、あまり親切に教えてもらえないようだった。
当然、欧州共同体の域内では、パスポート、 ビザ、労働許可書なしに、どこに働きにいってもかまわないという事になっているようだ。
年配のひとは動きにくい だろうが、わかいひとは身軽だ。
この青年のように、フランス語ができなくとも、パリに来て職探しということも頻繁に起こっているらしい。
ガールフレンドでも探して、フランス語を早く練習することが職探しの近道ではないか と、知恵を授けておいた。
このように、国境を越えて、ひとびとが動き回るようになると、統一通貨ユーロの話が現実味を帯びてくる。
わたし は若干時期がずれることかあったとしても、ユーロはいまから約1年数か月後の1999年1月前後には誕生すると思 う。
日本とか、アメリカ、英国にはこれを懐疑的にみるひとが多いが、欧州大陸の主要な国では、すでにこれが既定のものとして受け止められている。
いや、欧州の統合のはなしはすでに、政治・経済の側面でかなりのものが達成さ れており、共同通貨への移行が若干ずれても、また、基準が若干変化したとしても、発足の事実自体を疑うことはでき ないのではない かと考えている。
日本ではマーストリヒト条約の財政赤字GDP比3パーセント以下、といった基準や、フランス・ドイツ国内の経済統合に対する反対意見の存在を重視して、いまだユーロ発足に疑念を抱く人が多い ようである。
しかし、ヨーロッパでの指導者の決意、政治的統合への一般のひとの心情を目の当たりにすると、今回は本物のような気がしてならない。
ここ4,5年を振り返ってみると、ドイツ・マルク、フランス・フラン、オランダ・ギルダーのような通貨価値は交換レートがほぼ安定しており、どの通貨を持っていてもさほど変わらないようになっている。
政治のレベルでもEC 加盟国首脳の意思疎通が十分に図られており、当然問題は内包しながらも欧州議会の活動もまず順調と見てよいだろう。
これからの日程としては、来年98年の春に、一定の基準を満たしユーロに移行する事が許される国が決定される。
99年1月にユーロ発足、会計上の計算、国どうしの資金決済、株取引にまず使用される。
強制力はないが、このときから、家計はユーロでの決済を選択すればしても良い。
2002年1月から、すでに公表されているような8種類のユー ロ硬貨と7種類のユーロ紙幣からなるユーロ通貨が加盟各国で使用され始める。
6か月後の2002年7月から、約120億 枚の各国紙幣と約700億個の各国コインがすべて姿を消すことになる。
99年にまったく新しい通貨ユーロが発足し、構成国の通貨との交換レートは市場で決まる事となるが、事実上想定される加盟国通貨の相対交換レートが安定しているため、事実上固定的なレートが想定されるものと見て良いのでは ないか。
アンケート調査によると、スペイン、イタリア、フランスの国民の多くはユーロに対し、期待と支持を寄 せているのに対し、ドイツ、オランダのようないわば、強めの通貨国では国民がユーロに対し、ネガティブな感情を抱いているらしい。
99年1月のユーロ発足に対し、予想される加盟国のひとびとのうち、約6-7割の人が遅れるだろうとみている のも興味があった。
あらたな統合通貨が生まれたり、新規通貨が発足するのはヨーロッパではめずらしい事ではなかったようだ。
ソビエ ト連邦の崩壊により、あらたに発足した国々はそれぞれ新しい通貨を発行した事は記憶に新しいし、また昔、ドイ ツ・マルクが発足したときには35の地域通貨が統合してできたものらしい。
ヨーロッパの人々はことなる通貨に接 して生きてきたので、ユーロが発足した後、もとの自国通貨に計算し直すことなく、ユーロ立てで物を考えるには、 数週間もあればよいだろうと答える人が、さきのアンケートでほとんどだった。
われわれヨーロッパに住んでいるものも、ユーロさえ持っていれば、加盟国のどこでもこの通貨で決済できるという のは、確かに便利と思う。
ベルギー、オランダ、ルクセンブルグを車で旅行したときも、数時間走るだけでガソリン を買う通貨を変えなければならないというのは実に不便であった。
それよりも、自分の給与が月XXユーロという事 になると、すべての域内国での労働市場が透明度の高いもの、直接比較可能なものになる。
商品の値段も広大な域内市場全体と競争しなければならなくなる。
為替レートでぼかされてきた来た、労働、資本、資産の価格が急にガラス 張りのものになってしまう。
競争が急速に高まる事は十分に予想できる。
先ほどの、スコットランドからの青年もエジンバラであれば、たとえば、月8,000ユーロの給与がパリの「パブ」 では月10,000ユーロの給与と明白になるだろう。
イギリスもユーロに移行すればの話だが、労働市場の流動化 が進む可能性があるだろう。
ポンド、フランス・フランという通貨に隠れたような商売はできなくなる。
通貨、言語、習慣、のような隠れみのによって、保護されてきたものは白日のもとにさらされてくるものなのかもしれない。
もっとも、本当にそうなるには時間がかかるもののようであるが、すでにユーロ発足が確実になるだけで、企業、金融機関の整理・統合、合併が起こり始めている。
広大な単一市場で生き残るためには、より効率性の高いオペレー ションを目指さなければならないというのが、多くの企業の共通の認識になりつつあるようだ。
先ほどのアンケートを紹介していた、エアー・フランス・マガジンでは、2000年初頭のユーロ発足時に予想される 個別の値段をユーロ立てで言うと、マクドナルドのハンバーガー、4ユーロ、パリ・ニューヨーク間の航空運賃、 800ユーロ、フランスの小型自動車・ツインゴは約10,000ユーロになるだろう、と紹介していた。
みなさんは これが高いとお思いですか、それとも安いとお思いですか?
老齢プログラマの所感
今や欧州の通貨はユーロと当たり前になっています。
しかし、ユーロは2002.1.1に発足、随想録時は通貨統合前だったのですね。
その後23年が経ち、ユーロにもいろいろ歴史がありました。
ユーロというのは、各国が通貨主権を欧州銀行に差し出すことですね。
経済格差が発生しても為替変動で吸収するという手段が奪われることです。
強い国が弱い国を収奪しても防ぐ手段がなくなることでもあります。
自動車のエンブレムを眺めていると、どの国が強いと感じられてきます。
2009年ギリシャ危機は、ドイツがギリシャ等のPigsから収奪したことで発生したとも言えます。
日本で、地方分散と言いながら東京集中が止まらないのと似た構造です。
ユーロ同様、欧州連合 (EU)は国境管理と言う主権が奪われることですね。
移民が管理できなくなると、イギリスはEUを離脱しました。
なお、日本から見てのユーロはどうでしょう。
冒頭に当初から現在までのユーロ/円の為替のグラフを載せておきました。
日本人なら、ユーロより円安の方が気になるかも知れません。
日銀からIMF世界通貨基金、BIS国際決済銀行へとの経歴の井浦さんは、世界の金融のプロであり、ユーロは関心が深い分野だったことでしょう。
しかし、その歴史の半分しか見ないうちにお亡くなりになりました。
金融マンとして、行方をもっと見たかったのではないでしょうか。
私がその立場だったら、悔しかったでしょう。
今さらながら、ご冥福を祈ります。
補足
上の記事は1997年頃の「ライン随想録(井浦幸雄さん)」の復刻版です。
当時、私の故郷の住職の遺作「おふくろの味」を井浦さんがWebに載せて下さり、今は住職の息子によって公開されています。
当時、このようにお世話になったことを思い出し、復刻していました。
ある日突然、「ライン随想録」の目次が検索で見つかるようになりました。
しかし、ここから記事へのリンクが途切れています。
これが理由で、今まで検索しても表示されなかったのかもしれません。
そのため、復刻作業は今までどおり続けることにします。
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