A4小説「雪の日2024」
昨日から下がり続けている気温が一向に上がらず、今朝方には雪となり、ついには午後からリモート業務となって、各自帰路につくことになった。
晴天の日が多いことから「晴れの国」と呼ばれる岡山でも、雪が降れば当然寒く、路面電車の走行音でさえ冷たく感じるほどだった。
仕事終わりに駅前のカレーショップで夕食をと考えていた柴田大地は、急にリモート業務になることを告げられ少し残念な気持ちになっていた。というのも、外回りを終えたらすぐにその店・駅前南店に赴き、周年祭のキャンペーンくじでもらえるスプーンを引き当てようと狙っていたからだ。
カレーショップで該当のメニューを注文し、くじを引き当たりが出ればもらえるそのスプーンは、柄の部分にカレーショップの名前と2024という文字が刻印された限定品で、前回・前々回と入手しそこなっていた柴田は、今度こそはという想いが強かった。しかも今回は事前に「くじの箱の底の方から引けばかなりの高確率で当選する」という情報をSNSで確認しており、その意気込みは相当なものだった。そんなときに「県全域に大雪注意報が出ているので全員すぐに帰宅し、PC前でリモートにて業務を行うように。」と言われ、肩透かしにあった気分だった。
カレーの1皿くらい食べて帰っても問題なさそうであるが、そうもいかなかった。
柴田は、異常なほどに、真面目だった。
小学校低学年のときに「肝油は1日に1粒まで。」と母親に強く言われていた柴田は「2粒以上食べると血圧が上がり目が飛び出て死ぬ。」と信じていた。高校生となり電車通学になったときには、同級生からの「電車の切符は矢印通りの向きに入れないと機械が異常停止を起こし、大勢の人に迷惑がかかる。」という話を真に受け、今でも切符の向きに注意している。
そんな柴田であるから、会社の言うことは絶対であり、どこにいて何をしていてもすぐに踵を返し、家に帰るのである。
岡山駅からは津山線でひと駅にある法界院駅で柴田は下車する。住宅街を抜け右手に大学を見ながらしばらく歩くと柴田の住むアパートが姿を現す。
「早く帰ってPCを起動しオンライン状態にしないと」とカレーのことは既に頭に無いようであった。が、そこで1区画先にある黄色いのぼりが柴田の目に飛び込んできた。それは紛れもなくあのカレーショップの所在を示すのぼりであった。柴田の知らないうちに「駅前南店」だけでなく「法界院店」がオープンしていたのである。
これで、業務を終えればすぐにカレーを食べることができる。
しかし、柴田は、自分の決めたことにでさえ、異常なほどに真面目であった。頭が固かった。
業務を終えた柴田は18時半には法界院駅に向かっていた。法界院駅では「積雪のために運休」というアナウンスがこれでもかと流れ続けていた。柴田は「『駅前南店の』カレーショップでスプーンを引き当てる」という自身の目標を達成するために、片道50分かかる道のりを歩き始めていた。