No. 19 英語教育とidentityについて 18 【私の教育実践】
はじめに
ここ2回(前々回 & 前回)の投稿では、英語教師のあり方について書いてきました。
英語教師が英語を使うことには、以下のような意味があるのだということを書きました。
英語を話す環境を作れる
完璧でなくても自信を持って英語を話すのはカッコいいものだと学習者に思ってもらえる
そもそも「完璧」な英語ってなんだろう?ということを、生徒に体感しながら考えさせることができる
これらを踏まえて、今回の投稿では、ここ最近の自分自身の授業中の英語使用について少し振り返ってみたいと思います。
私自身の授業中での英語使用
現場では、今教えている4クラスのうち3クラスで英語を使う時間が半分以上を超えているような状況です (平均して、ということです。日本語ばかりの時もあります、、)。以下に詳細を記します。
高2のハイレベルな少人数クラス
このクラスでは、4月からずっと英語を意識的に使っています。私が教えてきた中で一番レベルが高いです (22人中、英検準一級取得者が5人ほどいます)。このクラスはレベルが高いので、特に気を使うことなく英語で指示を出したりします。ただ文法の授業なので、説明の際は日本語になりますし、それほど英語をたくさん使っている印象はないかもしれません。
それでも、たとえば"Do you need something to write on? I want you to take notes in the next activity. "などの指示で、ジェスチャーなども駆使してsomething to write on と withの区別を学ばせたりしているので、英語を使う効果はあるように感じています。
生徒はそれほど英語を積極的に使いませんが、少なからず英語で授業をする意味がありそうです。
中1の平均的なレベル
英検でいえば4-3級程度の生徒もいますが、まだbとdが危ういような生徒も数名います。それほどレベルの高くない、おそらく平均的な中1のクラスですが、英語を使うことによる効果は大きいと感じています。
1つには、シンプルに英語を聞かせることでたくさんのインプットを与えられていることです。授業外で英語を聞く機会の少ない日本の生徒ですから、これは非常に大きなことです。以下に、特に効果のあったと思われる出来事について書きます。
ある生徒が授業中に、「anywhereってどういう意味ですか?」と質問してきたのですが、私はこれを英語で説明することにしました。
(T: 教師 / Ss: 生徒たち)
T: Ok. Can you buy castella in Tokyo?
Ss: Yes!
T: Can you buy it in Kanagawa?
Ss: Yes.
T: Hokkaido?
Ss: Yes!
T: Nagasaki?
Ss: Yes!
T: So that means you can buy castella anywhere in Japan.
Ss: あ〜「どこでも」って意味か!
このように、多くの生徒が英語だけでanywhereという単語の意味を理解できました。
日本語で「どこでもって意味だよ」と教えてしまうより時間がかかりますが、文脈の中で単語を学ばせることができたこと、そしてCan you ~?といった文の復習になったこと、that means ~ などに触れさせることができたことなどを考えると、非常に価値のある時間だと思いました。
もう一つ、英語を使う意味としては(むしろこちらの方が大きいと思っているのですが)、英語は英語で学ぶものだということを心身ともに染み込ませることができるということがあると思います。もし私が中1から英語を一切使わず予備校のように英語を教えていたら、英語を使うことに対する魅力も面白さもそのスキルや雰囲気も伝えることはできません。もちろん、「英語使用者」としてのidentityを見せることもできず、生徒のロールモデルにもなれません。また、特に中1の生徒には英語で学ぶことを基本にすべきなのだということを体感させておかないと、学年が上がるにつれて他の指導者が英語で授業をすることに抵抗を覚えてしまう恐れがあります。そういった意味でも、時間はかかるし大変なことが多い「英語で英語の授業」ですが、これからも使命感を持ってこだわっていきたいものです。
高2 英語に苦手意識のある少人数クラス
こちらは大変驚きだったのですが、英語で教えるようにしてから、何人かの生徒は取り組みが目に見えて良くなりました。
高2で英語に苦手意識のある生徒ですから、こちらが英語で話すのを毛嫌いするものだと思っていました。実際4月に英語で自己紹介した時には、面白がられて終わってしまったので、もうやらなくていいかなと諦めてしまいました。
ですが二学期になり、英語で授業をすることにもう一度トライしてみると、これまでより積極的に話を聞くようになったり、生徒が答える際にも英語で返してくれたりすることが出てきました。これには驚きとともに、感動させられました。
ではなぜ、このようなポジティブな効果が得られたのでしょうか?
私の推測では、おそらく英語で話を聞いている方が、理解できた時の喜びが大きいのかなと思います。英語で話すようにしてから、生徒がクイズ感覚で授業を受けている印象があり、気軽に授業に「参加」できているようです(「参加」についてはこちらの投稿をご覧ください)。
そして、このブログにおいてより重要なのは、生徒と私のidentityです。生徒のidentityに関していうと、おそらくあのクラスの何人かは、いわゆる受験対策に特化した英語の授業より、英語を使うことに興味のある生徒だったのだと思います。だから英語をコミュニケーションの中で学ぶことに楽しみが見出せるのだと思います。言い換えると、英語の使用者としてのidentityを好んでいるのかもしれません。
また、私が英語を使うことにより起こる、私のidentity shift が生徒に好印象なのかもしれません。この授業の生徒の大半は、私が副担任をしているHRの生徒なので、日本語のままだとHRのときも授業の時も同じ関係性が続いてしまいます。ですが英語を使うことで、私が少し違うように見えたりしているのではないかと思います。英語を話すときの私はボディーランゲージが増え、少しfunnyになると自覚しているので、それが面白く感じられるのかもしれません。
このように、私と生徒のidentity(の変化)が影響しあっていて、これがうまく行く原因になっているように感じています。
おわりに
今回の投稿では、簡単にですが私の英語を使った授業とその効果について書きました。やはりことばの使用とidentityには密接な関係がありそうです。
指導者の方は、いろいろな制約や葛藤があるとは思いますが、まずは軽い気持ちで英語で授業をしてみるといいと思います。ほんの一部だけでも構わないと思います(私もまだまだやりきれてはいません)。うまくいかないこともあると思いますが、私のように意外な発見ができると思います。自身の「英語使用者」としてのidentityを見せることには、inputを増やせること以上に大きな可能性があると私は信じています(その理由はこれまでのブログをお読みください)。まずは軽い気持ちで、「英語で英語の授業」に取り組んでみてはいかがでしょうか。