異形者たちの天下第5話-4
第5話-4 家康の正体
島左近はいま本阿弥光悦の領地にいる。
自然と埒外の者との交流もあり、出雲の阿国の娘や傀儡子の輩とも既に親交している。だから松平忠輝に肩入れするのも当然の成り行きだった。それに阿国から家康の正体を聞いている以上
「絶対に」
忠輝の御級は取られては困るのである。そのために柳生兵庫助を動かしたと云ってもよい。
兵庫助はこの申し出に快く応じた。
なんといっても兵庫助は、陰湿で残忍な叔父・但馬守宗矩が嫌いである。裏柳生を斬るのに、これ以上の理由はいらなかった。
「あの馬鹿者め……」
そう呻いたきり、柳生宗矩はこれ以上の刺客を差し向けることを止めた。同士討ちは埒外を相手にするより、もっと割に合わない。しかしこのことを秀忠が知ったらどう思うか。血を好む変態的な傾向の秀忠は、きっと兵庫助を殺すために宗矩自身の出馬を促すだろう。それだけは避けたかった。策謀については勝るが、剣を取ったら
(兵庫の若さが勝る)
ことを、宗矩自身がいちばん知っていたからだ。だから埒外の恐ろしさを前面に押し出して
「ここは一旦手を引いたと見せかけて」
と時間稼ぎをしたかった。その間に兵庫助を説き伏せ、忠輝から遠ざけてしまえばいい。そのために宗矩の取った行動は、意外なものであった。傀儡の武器である鎌を、秀忠の寝所に投げ込んだのである。鎌の刃は秀忠の枕元に深々と刺さった。慌てて狼藉者を詮議した。が、当然、怪しき者は江戸城にはいない。
「埒外の者は神出鬼没、一人討っても次から次へと攻めてくる。上様の御生命がいくつあっても足りませぬぞ」
宗矩の言葉に蒼白となった秀忠は、忠輝暗殺を一時的に中止せざるを得なかった。
このことは直ちに家康に報された。家康は激怒し、猛り狂った。その怒りの捌け口は、お六の肢体である。家康は再び病を理由に床へ引き籠もるようになった。豊臣家を滅ぼして間もないこの時期の政の放棄は幕府にとって宜しくないと、本多正純は小規模の政務を
「家康の名を用いて」
断行した。
このことは諸大名に露呈することなく静かに遂行された。このとき長崎代官・村山等安へ何気なしに許可した
「台湾渡航許可」
が、こののちとんでもない事態に発展することを、本多正純は知る由ない。