甲斐信濃二国巫女頭領
聞きなれない、小難しいつらつら漢字の羅列。
……そうですよねえ。わかる。
武田家配下でも異色の、女性のみで構成された歩き巫女。乱波や間諜の一種です。こういう不気味な存在を幾重にも編成し、多角的に情報を精査したことが、武田信玄の流儀。戦う前から、敵の性癖に至るまで熟知し、武力に及ぶ前から牙城を切り崩す……これが信玄の戦術。武力に及んで負けなしというのは、比類なき精強さと同時に、一戦に及んだ時点で既に敵の内部から切り崩しを終えた状態を意味している。
甲斐信濃二国巫女頭領。
信濃国の小県郡祢津村の「甲斐信濃巫女道」にて鍛えられた歩き巫女を統括する望月千代女に束ねられた間諜集団。
小県にはこういう間諜の巣食う土壌があったのだろう。真田家もこの地に派生し、信玄に服して領地回復をしている。若き真田昌幸はのちに「小信玄」と称されたが、若き頃は「信玄の眼の如し」とされ薫陶された。
NOVLEDAYSで発表されている「光と闇の跫(あしおと)」にも、間諜の部分を用いている。
戦地から引き揚げたいという本音は、限られた者にしか明かせない。勿論、この書状は義信に届くことはなかった。途中、小県で必ず使者の懐から抜き取られた。やっていたのは、渡り巫女たちだ。渡り巫女は望月千代の統率のもと、武田の新しい諜報機関として誕生した。千代の夫・望月信頼は武田典厩信繁の長男だが、川中島の負傷がもとで他界した。未亡人となった千代は忍びに通じていたこともあり、信玄の命令で〈甲斐信濃二国巫女頭領〉に任じられていた。巫女たちは信仰を用いて諸国情報収集に務めたが、〈女〉を大いに武器にした。書状が抜き取られるのも、道理と云ってよい。
(第8話「義信事件(前)」抜粋)
秋深し信濃路を旅するときは、こういう古(いにしえ)にも想いを馳せると味になる。土地の味、土地の湯にも、きっと意味を見出せるかも知れないし、湯煙の彼方から勇ましき「くノ一」の裸体がゆらめく錯覚を見ることもあるだろう。
歩き巫女は、もとは「ノノウ」や諏訪信仰の「信濃巫女」として活動したとされる。
「ののう」という設定は都合よく、現在、房州日日新聞で連載中の「真潮の河」にも中盤に登場させる予定である。また、アルファポリスで公開している「魔斬」の連作中で最も長編の作品にも、江戸の大事な存在として登場させている。ミステリアスな存在は、困ったときの救済アイテムと云ってよい。
大河ドラマ「どうする家康」で登場した望月千代は、
「コンナンジャナイ」
という違和感がありましたが、あれは別に史実じゃないし役者が光るキャラならという程度の代物。得をしたのは演じた古川琴音だけ。ましてや男の世界である伏見城血天井にもちょっかい出した脚本家の「アイデア」だけのことには、それを観た視聴者が勘違いなさらぬことを期待したいところである。