超短編「Depature」-言葉を超えて惹かれあう

外国の方と話す機会がふえました。気心の通い合う感覚を思って書いてみました。英語は自信ないですが、使う機会が増えたので慣れようかと思っています。

◆「Depature」
サキは泣き虫な子供だった。
夕立の雷に泣き、迷子になっては泣き、叱られては泣いた。
長々と泣く娘に母親は呆れ果て、立ち去るようになると、次第に泣くことは減っていった。
とはいえ、臆病者なのは変わらず、一見おとなしく無口な少女に見えても裏腹に用心深さが眼光の鋭いサキにさせていった。

思春期、悩む煩わしさを感じクラスメイトの噂話に耳を傾ける感覚も薄かった。他者への関心は薄かった。しかし大きく印象的な薄茶の瞳は知らぬ間に他人の関心を集めていた。

そしてもう一つ、サキを用心深くさせたものは、裕福で社交的な家庭環境。父親の仕事の関係で家には来客が多かった。来客の大人達はサキを挨拶代わりに褒めた。家で見た客人は満面の笑みであったが、町中で偶然見かけた客人の顔つきは訝しくしかもサキの父親のことを「煮ても焼いても動じない面倒なヤツ…」と一緒にいる男に不機嫌そうに話していた。そんな客の別の顔を見かけてしまうこともあった。
こうしてサキは上っ面のお世辞には騙されない娘になっていった。

ある夏。外国から日本に訪れた青年がいた。
電車の中で、眉間にシワを寄せるサキの横顔を見て気になってしまった。
「可愛い顔なのに何で怖い顔をするんだろう…。」
気になりながらも、人混みの中に紛れたサキの姿は呆気なく見失った。

その夏は、地元で音楽フェスティバルがあった。駅前でチラシを受け取った青年はなんの気無しに会場に向かった。

言葉はよく分からないけれど、音楽を聴くのは楽しい。青年は気分よく出場者の演奏や歌を聴いた。何番目だっただろう。
バイオリンを片手に持った、いつぞや青年が電車の中で見かけた、不機嫌そうな女の子、サキが舞台に立っていた。
相変わらず、照れた表情もせずに自己紹介を手短に済ませると、演奏を始めた。
TV番組の主題歌だった。
表情とは裏腹の情熱的な演奏だった。ますます胸中を射抜かれた青年は、そのまま舞台袖に行くと、サキの出てくるのを待ち伏せした。
サキの姿を見つけると、言葉より先に両手の汗を服で拭く素振りをして、サキの手をとり握りしめた。
「You're amazing!
You make my heart skip a beat 」
そう言うと呆気なく立ち去った。

突然の出来事にサキは戸惑った。けれど強く握りしめられた手の温かさに、胸の奥をツーンと射抜かれた。

バイオリンの発表会の後はぐっすり眠れるはずなのに、その夜は寝付けないサキだった。
青年もまた同じように落ち着かない夜を過ごしていた。

そんな二人なのに、あての無い再会を期待して駅前をわざわざ通る二人。
奇跡の再会を果たすとまともな会話もできないのに毎日会う二人。

たまにサキは飼い犬オスカーの散歩を兼ねて行く。いつもよりも長く遠回りした散歩に一番喜んでいたのはサキよりも、オスカーだったかもしれない。

しかし別れの日はやってきた。
空港で最後の見送りの日。
サキは「哀しい」とは言わなかった。正しくは、言えなかった…。

初めて会った日のように、二人手を握りしめながら、サキは堪えきれない想いを瞳にしたためた。

…「attention please. airlain24 departing for Canada at 15:15 … we will soon…

空港のアナウンスが流れる。サキの頬には熱い雫。
青年はサキをぎゅーっと抱きしめると黙って背を向けて去っていった。


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