現実〜後日談〜
自分は全く自信を失ってしまいました。こんな事を言うと、何だお前はそんなにも自分に自信が有ったのかなどと揶揄されるかも分かりませんが、ほんの少しの矜持は持ち合わせていたと憚りながらも思って居ります。そんなわずかばかりの矜持さえ、今は喪失してしまったのです。
自分は東北のある寒村で生まれ育ち、子供の頃から体が弱く病気がちで、人見知りな性格に加え、赤面症で、緊張するとすぐに顔が真っ赤になり、それを周囲からはからかわれ、兎に角自分という存在に自信を持てませんでした。それでも自分は幸いにも勉強だけは飽かず熱心に取り組みました。その結果東京大学に入学し、無事卒業する事も出来たのですが、やはり自分の中に自信という程のものは感じる事が無かった様に思います。
大学を卒業してからは、ますます自分は自信を失くして行きました。財務省に勤めて居たのですが、自分はコミュニケーション能力が殆ど絶望的になく、仕事もミスばかりして、周囲から疎外されていたのです。
自分はどうしてこんなにも自分という存在に自信が持てないのかを子供の頃から考えて来ました。自分ではそれは真性包茎のせいでは無いかと思って居ります。実に自分はこの真性包茎の為に苦心惨憺させられてきました。自分の陰茎は人よりも小さく、その事に気付いたのが5歳の頃の家族旅行での事でした。自分は生まれて初めて温泉に入ったのですが、周りの同じ年頃の子の陰茎に比して自分のそれは明らかに小さいのです。それどころか自分よりも幼い子どもにさえ見劣りするのです。自分はそれ以降温泉など大衆浴場を極力避ける様になりました。どうしても避けられない場合にはタオルや手でしっかりと隠さなければならなかったのです。
自分は読書が好きでよく父親が留守の時に、父の書斎で本を読みあさっていたのですが、ある時医学書を手に取って読んで、自分が真性包茎であり、それ故に陰茎が小さすぎる事を突き止めました。自分は絶望を感じ将来を悲嘆しました。目の前が暗くなるのを感じたのです。
自分が中学3年の修学旅行の時、自分にとって生涯忘れ得ない屈辱を味わう事になる出来事がありました。それはやはり温泉での事でした。自分は股間を見られまいと必死に隠していたのですが、ある生徒が自分に向かって、「お前何大事そうに隠してんだよ。そんなに隠すほど立派な物をお持ちのかよ。」などと見当違いな指摘をして、自分からタオルを奪い後ろから羽交い締めにしたのです。すると周囲の生徒がどっと笑い声をあげました。自分は悔しいやら恥ずかしいやら色んな思いが込み上げてきて、思わず泣いてしまいました。自分を羽交い締めにしていた生徒も羽交い締めをやめ、自分に謝りましたが、それよりも自分の陰茎を見た時の、実に可哀想な物を憐れむような眼差しが自分にとっては何よりも痛手でした。そして、何よりも酷い事にその場に居た生徒の誰かが風呂での出来事を女子生徒に言い触らしたのでした。噂話と言う物は、実に恐ろしい速度で伝播されるものです。自分は卒業するまでの間、あのエドヴァルド•ムンクの「叫び」の絵画に描かれている様な状況で過ごさざるを得なかったのです。
高校は、幸いにも中学校の同級生とは一人も進学先が重なる事は無かったのですが、2年生の時に悪い先輩に花街に連れて行かれ、売春婦をあてがわれたのですが、やはりその時も陰茎を笑われて、悔しくて悔しくて、自分は売春婦を抱く事なく一夜を過ごしたのでした。
こうして自分は殆ど何の自信も無く生きて来て、ある夜、ふっと全てが嫌になり、川に身を投げたのです。暫くしてハッと目を覚まし、気が付くと自分は悪霊になって居たのです。
悪霊に成るとはどう言う事かと申しますと、死後の意識に目覚めると、目の前に喪服姿のショーン・K
ことショーン・マクアードル川上に似た男が立っていて、「お目覚めですか、唐突ではありますが貴方は今をもってして悪霊に成られた事をご報告させて頂きます。」 と告げるのです。自分は訳も分からず、「悪霊に成るとはどう言う訳のものなんです。一体、自分は何をどうすれば良いのでありましょうか? 」と問い質しました。するとKは落ち着き払った様子で、「どうするもこうするもこれと言った事細かい決まりは御座いませんが、貴方を時々召喚する者たちが居りまして、貴方は召喚されると召喚者の元へ強制的に呼び寄せられるのでありますが、そこで貴方は召喚者を恐怖のどん底に突き落とせば良いのです。」と言うのです。自分はKに対し、「凡そ大体察しましたけれど、果たして自分に勤まるのでしょうか、自分には自信がありません。自分は実は真性包茎なんです。」と返すとKはやはり落ち着き払った様子で、「むしろそれは強味になるかも知れませんけれど、貴方がそんなにも真性包茎を気に病むのでしたら、その真性包茎を私が治して差し上げましょう。」とこう言うのです。
自分はその言葉を聞いて、目の前がぱっと明るく開けていく様な感覚を覚えました。自分はすぐに真性包茎の治療をお願いしました。藁にもすがる思いでした。手術は10時間に及びましたが、無事成功したのです。それ以来自分は生きている時には感じる事がついぞ無かった自信というものを感じる事が出来る様になっていったのです。
悪霊に成ってからの生活は、まずまず順風満帆と言って良いものでした。自分の様な陰気なタイプは、これと言って何もせずとも、恨めしそうに突っ立っていれば、それなりに怖がってもらえたのです。次第に自分は召喚される丑三つ時を楽しみに待つ様にさえなっていたのです。我々悪霊は普段生きてる人間からは認識されず、基本的には自分の好きな所で時を過ごすのですが、人様のプライバシーを侵害してはならぬという決まりごとがありまして、これを破ると地獄へ行かねばならぬという事らしく、自分は日中河原でゴロゴロとして居りました。我々悪霊には暑さ寒さはありません。ですから、自分は段々と服装に無頓着になっていき、もっぱら全裸で過ごす事が多くなっていったのですが、ある日河原でゴロゴロしている時に、全裸姿を他の悪霊に見られてしまい、ぎょっとされました。自分はその時、「その手があったか。」と天から啓示を受けた様に閃きました。自分には、悪霊としてのインパクトが欠けている様に以前から思われたので、これは妙案だと思いました。そこで自分は更にインパクトをもたせようと、髪の毛を剃り落とし、つるはしを手に取ってみたのです。ほとんど完璧な様に自分には思われました。実際、少し前から40過ぎの大年増(やはり悪霊です。)から言い寄られ、時々犯されていたのですが、自分のその様な姿を見て、大年増は悲鳴をあげて驚き、以後自分には寄り付かなくなりました。ちなみにその大年増は大変強欲で、押し掛けて来ると昼夜問わず自分を犯すのでありますが、そのたび「私はお前をこんなにも愛しているのに、お前ときたらいつも寝そべっているばかりで、ちっとも愛してはくれない。」などと言いがかりをつけて来て、自分はいつも閉口して居りましたが、ある夜の丑三つ時に、大年増から犯されている最中に召喚され、召喚者からは失笑され他に行ってくれないかと懇願された事を今でも時々思い出して、苦笑して居ります。
そんな自分ではありますが、悪霊としてはまずまず及第点だろうと少しばかり自惚れていたのですが、それも束の間の事で、その自惚れはすぐに雲散霧消という事に立ち至りました。ある夜、自分は全裸につるっぱげでつるはし持って、今か今かと丑三つ時を待って居ました。そしてその時を迎えました、自分は勢い良く召喚者の前に現れ、ニヤニヤ笑いを浮かべ(そうする事がより一層恐怖を演出出来ると自分には思われました。)つるはしを振り上げては下し、振り上げては下し、どんなに召喚者が自分に震え慄いているのかと期待を寄せて召喚者の方を見たのですが、逆に自分の方が戦慄させられたのです。召喚者は真っ赤なストッキングとガーターベルトのみを身に着けて、姿見の前でお辞儀の様な格好をしているのです。それは自分の悪霊経験の中で一度もお目にかかったことの無い光景でした。自分はもうその時点で自信を失い、悄気げてしまいました。しかし、悲劇はそれだけではありませんでした。召喚者の向こう側に、とんでも無い悪霊が現れたのです。それは見るからに40過ぎの中年で、衣服を全く身に着けず、大変熱そうな厚揚げを痩せ我慢しながら忍耐強く持ち続けている悪霊でした。更に自分の右手側には衣服を一切身に着けず、スマホを熱心に閲覧する50はとうに過ぎているであろう落ち武者の様な髪型の悪霊の姿があったのです。悪霊でありながら、何か一縷の望みを胸に抱いている様に自分には思われました。そうして自分にとどめを刺すような凶悪な悪霊が姿見の中から現れたのです。
その悪霊は、若い角刈りの筋骨隆々の男でありましたが、やはり衣服を全く身に着けず、老人を(この老人もまた衣服を全く身に着けて居らず、不思議な事に胸のあたりにマジックで「てらしま」と書かれてありました。)お姫様だっこしているのです。自分は大袈裟ではなく絶望しました。井の中の蛙大海を知らずと言う言葉が頭の中に浮かびました。追い打ちをかけるようにガーターベルトの青年に説教まで喰らってしまったのです。
こうして自分は一切の自信を失いました。自分は今、河原で廃人の様に寝そべっています。つるはしなんてつまらない物を持って行った事を心底恥じています。結局自分という存在は全くもって駄目なんです。悪霊すら自分には勤まりません。悪霊失格です。ただ、一切は過ぎていきます。自分は今年、27に成ります。陰毛に白髪が増えたので、大抵の人からは40以上に見られます。
完
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