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そのまた隅の ちっさな灯り(ショートストーリー お題:恋猫と)
(880文字)
恋猫と、いざ。
ぎぃぃっと軋む音に、括り付けられたドアベルがカランカランと被る。
冷たい空気と、潜むカビ、煮付けの匂いや暖房がひゅるぅ、とコートに纏い付く。
小さな居酒屋の薄暗がりにママが、いつもの困った顔で座っていた。
「いらっしゃい お腹は?」
「いや、ちょっとお願いが」
「何よ、金以外なら聞くよ」
「うーん。保証人になって欲しいんだ。」
頼んではいけないお願いをしてしまったと、言った側から反省した。
「ごめんなさい。冗談。」
「何の?」文ちゃんは小上がりに手招きする。
自分の神経痛を伝染しちゃった、みたいな哀しい目をした。
「アパート追い出されちゃってさ。部屋借りらんなくて。」
「追い出されたってあんた」
と、畳に置いた私の鞄がモゾモゾ動き出した。
文ちゃんが仰け反る。
私は鞄のチャックを少し開けて、猫の顔を出してやった。
「うぉ?」猫の目は暗がりを探索し、文ちゃんの所で止まる。
文ちゃんは大笑いした。
「相変わらず馬鹿だねぇあんた」
そう言いながら、もやし炒めと熱燗を出してくれた。
脚の痛みから、テーブルに体重をかけて、えっという。
夜にぽつ、と浮かんだ赤提灯も、消える。
「文ちゃん、それは駄目です。」
タクシー運転手は閉店後に、恋女房を迎えに来て事を正してくれた。
猫は文ちゃんのてれてれの太腿を揉んで安心しきっている。
「…けど」と、タクシー運転手はいう。
「店に住んだらいいじゃないか…」
するとこれまで一生懸命に猫の頭を掻いていた文ちゃんが、ぱっと顔を上げた。
ちょっとドライブしよう、と運転手に連れ出された。
「俺、膵臓癌なんだ。文ちゃんに…言えないんだよ。しばらく、付いていてやって欲しいしな。」ぽつり呟く。
「てか、あれでしょ。文ちゃんが猫に情、移っちゃったから。」
「君、時々生意気だよね」
優しいタクシー運転手は車を路肩に寄せた。
居並ぶ街灯が全て、気儘な形に歪んでいる。
助手席では脆い若さが、しかしフロント硝子から目を逸らすまいと目を凝らしていた。
参加させて頂きます
ありがとうございます
#シロクマ文芸部 #恋猫と