誰の口がいちばんくさいか
都市化が進むと、人間は自然も管理下におけるものと勘違いするという。
そんな訳ないのにね。
我が家にはそんな、人間の勘違いの被害者である元野良を含む猫五匹と、犬が一匹いる。
私自身は文明の恩恵にどっぷりと漬かりつつ、この被害者たちの反社会的な要求におろおろと板挟みになっているので、加害者であり被害者でもあるといった所か。
さて、動物というのは自分では歯を磨かないから自然であればある程度の年齢になると歯周病になる。
人間はどうか。
私は歯磨きをするが遺伝的に歯が弱いのかそれとも、やはり歯が弱く若年から差し歯で歯周病だった母からの食糧の口移しのせいか(因みにそれは大概噛みかけのガムだった。甘いガムは虫歯になるからと甘くなくなったガムを口移しにして噛ませてくれた・・・母は本気で私を守ろうとしていたのだ!)、今思えば既に20代から歯周病だったように思う。
虫歯になりやすかったので何年おきかで歯医者の世話にはなっていたが、 いつも虫歯の処置が終わると治療を終えていた。
40を過ぎて初めて、その頃に通い始めた歯医者で歯周病治療の提案を受けた。
歯周ポケットが7~8ミリだった。
死ぬまで自分の歯で食べたいんですよぅ、と言った私に、歯科医は優しく微笑んでくれた。
子供のころから歯磨きは熱心に行って来た方だと思う。
歯列矯正を小学生の時にして、歯磨きはかなり練習させられたのだ。
デンタルフロスも歯間ブラシも使って来た。
だから自分の口がくさいと思ったことはない・・・
いや疑ったことはあるのだが、そんな訳ないと信じていたのだ。
愛猫たちが寝起きの私の口元に鼻をつけてくるのをキスと信じて疑わなかったし、そんな可愛らしい我が猫たちに口を開けてご挨拶するとぽいっと逃げていくのを、彼らなりのゲームに付き合っているつもりでいた・・・。
あの朝までは。
猫たちの中でも特に歯周病が酷い虎(オス推定8才)は、野生が強いので獣医の治療も私の投薬もめったなことでは受け入れない。
気の毒に、体調が悪い時は痛みからか涎を垂らしている。
その口で年下の双子猫(どちらもメス、2才)を丁寧に毛繕いしてやるから、双子たちの頭頂はごちごちになって涎の匂いがする。
また犬のトムは高齢になって我が家にやって来た。諸事情から手術に踏み切った時にはペンチで歯石を取って貰ったものだが、未だにザリガニが5匹ほど口のどこかに住んでいるかと思うような匂いがする。
双子たちも、時としてあくびにフレグランスがある。
可愛いあくびだ。
よぁ~ん、と顔の傍であくびをされると思わず頬ずりしたくなるあくびだ。
「お前たちのあくびより、頭に付いた虎の涎の方がくさいね!
虎の口とトムの口はどっちがくさいかな~?」わたしは動物たちにそう尋ねたものだった。
その朝、いつも通り猫たちは枕元に来た。
私と目が合う。
私はひんやりと鼻をくっつけられるのを待っていた。
しかし猫たちは顔を覗き込んだだけで去ってしまったのだった。
寝床でわたしはつくづく考えた。
つまりわたしの口内細菌が激減したのだ。
前日の歯のクリーニングで私の歯周ポケットの歯石は取り除かれ、私がゲームだと信じていた猫の口臭チェックを免れた。
愛情の証だと思っていたキスも、付き合ってあげていたつもりのゲームもまやかしだった。
悲しい気持ちで起きだした私の足元でトムが満面の笑みを浮かべた。
「だれの口がいちばんくさい?」
都市部で目に入る緑は庭木か公園ばかり、生活環境が整備された住居の中で過ごす私たちの寿命は延びた。
歯が使えなくなる頃には寿命も追いついているような時代ではなくなったのだろう。
歯周ポケットが7ミリにもなっては、どんな道具を使おうと自力で歯石を取り切るのは不可能だと歯科衛生士さんは言う。
命の寿命が延びたからには歯の方も文明の恩恵に預り長持ちして欲しい。
我が家の動物たちも、どんな状況からか定かではないけれど痩せこけて我が家に辿り着き、未だに「どうしたって外に出せ」と私を困らせるし、獣医は嫌がるし口はくさいし。
それでも栄養満点のフードと雨風を凌ぐ屋根とエアコンで面白い一日を少しでも多く生きて欲しいものだ。