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古本屋になりたい:26 ナレンナーおばあさんの「かわいさ」
かわいいおばあちゃんになりたいもんだねえ、と人と話したりする。
そうだねえ、人に愛されるような年の取り方をしたいものだねえ。
かわいいおばあちゃんって、どんなおばあちゃんだろうか、と自分の本棚を眺めてみても、意外とかわいいおばあちゃんは見当たらない。
カッコいいおばあちゃんや、賢いおばあちゃんや、守りたいおばあちゃんや、憎たらしいおばあちゃんは、古今東西よりどりみどりなのだが。
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「おかあさまの肩は、南極大陸のように広いですねえ。」
「おやまあ、そんなに色が白いかい?」
講談社 青い鳥文庫
コブタのストンストンが、大金持ちのおばあさんブタ・ナレンナーの肩たたきをしている時の、二人の会話だ。
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「クレヨン王国月のたまご」は、1980年代に小学生だった子どもたちに人気のあったクレヨン王国シリーズの中でも、おそらく特に支持された物語だ。
主人公は、中学受験に失敗して落ち込んでいた星村まゆみと、まゆみをクレヨン王国に連れて来た青年・三郎。
ストンストンは、自分と同じように食べられてしまうのをすんでのところで逃げてきたニワトリのアラエッサ、まゆみともに、三郎こと、クレヨン王国の第3王子サードが指揮する月のたまご探検隊に参加する。
元々は一冊で完結していた物語だったが、読者の熱い要望に応えて続編が書かれ、PART8まで続き、特別編も出版された。
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クレヨン王国も、「月のたまご」も、いくらでも語りたいことがあるが、今回は忘れられない登場人物、ナレンナーおばあさんをご紹介しよう。
ナレンナーは、言ってみれば嫌われ役である。
行方不明になったまゆみを助けるために、三郎たちは、大金持ちのナレンナーおばあさんにヘリコプターを借りようとする。ストンストンを一目で気に入ったナレンナーは、ストンストンを養子にすることを条件として、ヘリコプターをタダで貸す、と言うのだ。
ストンストンは、三郎をまゆみのもとに行かせるために、ナレンナーの養子になることを決意する。もちろん、まゆみを無事助けた後、三郎が自分たちも助けに来てくれると信じて。
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シワだらけの顔に白粉を塗りたくって、真っ赤なネグリジェを着た、巨大なブタのおばあさん。
ケチ。
ワガママ、自分勝手。
自分の思っていることは全て正しいことと、遠慮せずにズバズバものを言う。
ナレンナーおばあさんは、その性格と環境ゆえに、家族にも友人にも恵まれない孤独な大金持ちのおばあさんなのだ。
ストンストンのことをナレンナーは溺愛する。
ストンストンちゃん、と猫なで声で呼び、絵から抜け出たような、と人前で褒めそやし、あれこれと世話を焼く。
反対に、ストンストンの親友アラエッサを嫌うさまは、差別的と言っても良いほどだ。
アラエッサのことを「第三付属物!」と呼んで憚らない。ストンストンは、心の中に、「永遠に」と「可及的すみやかに」という2つの言葉を友人のように住まわせており、ストンストンにとってアラエッサは三番目の付属物でしかないというのがナレンナーの見方なのだ(養子縁組の書類を作る時に法律家と一緒に決めた)。
いやなニワトリ。
きらいなものはきらい。
かわいいストンストンの前でも、そう言ってアラエッサを貶すのをやめない。
根がケチなので、食べるものはお粗末だ。
朝ごはんには、廃棄寸前の古い小麦粉に、魚の餌にしようと混ぜ物をしたが魚にも不評だったものを、捨てるならともらって来て、ホットケーキにして食べている。ストンストンもアラエッサも同じものを食べさせられる。
薄い紅茶はなんの味もしないと思ったら、カップの内側に色をつけてあって中身はただのお湯だった。
嫌なところしかないようなナレンナーだが、ストンストンへの愛情はストレートで深い。
新しい母が85歳の大金持ちとは自分はついていると、ストンストンは喜んでみせるが、余りにもまっすぐな愛情を向けられて、母を知らない(食用にされたので)ストンストンは、次第に、なんだか妙な気持ちになってくる。
色白を褒められたと喜んだナレンナーが、二人の間に秘密はなし、何でも話してね、と語りかけると、これまでアラエッサにも話したことのなかった心のうちを、ナレンナーに打ち明ける。
「つまり、ぼくの思うことって、よくないことばっかりで、もし、そのとおりを実行したら、おこられてばかりいると思います。だから、思ったことを全部いえ、とか、実行しろ、とかいう人を見ると、ふしぎでたまらない。
(中略)
そこで疑問なんだ。思ったことをぱっといえる人って、はじめから、きたないことや、人を傷つけることなんかは思いつかない人なんですか。そういう、生まれつきりっぱな人がいるんですか。いうとしかられるようなことばかり思いつくぼくは、よほどだめなんですか。
そういう人と、ぼくとは、わかりあえるでしょうか。さあ、おかあさま、教えてください。ぼくはふつうじゃないんでしょうか。」
ストンストンの言う、「思ったことをぱっといえる人」とは、ナレンナーのことを言っているわけではなく、ナレンナーも自分のことが言われているとは受け取らない。
このストンストンの告白に、ナレンナーは感動するのだが、ちょっとピントはズレている。ストンストンを繊細な心の持ち主だと褒めるだけで、ストンストンの苦悩に答えをくれるわけではない。
しかし、本当の親だってそんなものだろう。
ストンストンも、ナレンナーは何も解決してくれなかったけれど、話してよかったと嬉しくなるのだ。
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生きてきたように、人は老いる。
ナレンナーは、危険を顧みずストンストンの命を助けようと奔走したり、心を入れ替えてアラエッサに泣いて謝るようなことはしない。ナレンナーはずっとナレンナーである。
物語のラスト、主人公たちが偉業を成し遂げて凱旋し、ストンストンとアラエッサも特別な人物として讃えられる。
偉くなったストンストンに会いにきたナレンナーはすっかりかしこまって、アラエッサにも礼儀正しく接し、ストンストンは面食らうと同時に寂しさを覚える。
ナレンナーが良い人になったからではない。再び他人の距離になったという、そのことをなんだか寂しいかも、と感じられるくらいには、ナレンナーに愛情を感じるようになっていたのだろう。
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南極大陸のように広い肩だと言われて、そんなに白いかい?と喜ぶナレンナーは、聞き間違いで喜ぶ哀れな老人だろうか。
都合よく聞き間違えてご機嫌になり、今ならもっと分かり合えると養子になったコブタに熱く語りかける様は、独りよがりでアホらしいだろうか。
作者の筆は、ナレンナーおばあさんの愚かさ、醜さをこれでもかと描きながら、こんな人いるよねと言った突き放した人間観察に終わらせない。
むしろ、こう言うところは自分にもあると、内省を促すようだ。
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ナレンナーの他にも、クレヨン王国シリーズには個性的な高齢者がたくさん登場する。それは、作者が年齢を重ねるにつれて増えていく。
「月のたまご」(8作+1作)だけでもこんなにいる。
カメレオン総理、ナルマニマニ博士。
アンナ、尼僧オルガ、ヤットカじいさん。
ゲートック医師の母。
アラエッサの育ての親、おとらさん。
年齢不詳のキラップ女史や、ドラスゴー氏、タナムシ教授も、ややこしい老人になるだろう。
そして、実は人の三倍の時間を生きるサード(三郎)もまた、ある意味では老人だ。
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本音を言うと、かわいいおばあちゃんになりたいとは口幅ったくて言いたくない。分かりやすい言葉だから、分かる分かると同意して会話をつないでいたところがある。
クレヨン王国シリーズを、ずっと手元に置き続けてはいても、最近では思い返すばかりで読み返すことをしていなかった。
面白がられるおばあちゃんくらいなら目指しても良さそうなので、お手本探しに、クレヨン王国を読み直してみるのも良いかもしれない。