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豚小屋(1969🇮🇹)
原題: PORCILE(1969、イタリア=フランス、94分)
●原案・脚本・監督:ピエル・パオロ・パゾリーニ
●出演:ピエール・クレマンティ、フランコ・チッティ、ジャン=ピエール・レオ、アンヌ・ヴィアゼムスキー、ニネット・ダヴォリ
現代と中世、二つの世界の場面が交互に展開される構成。
タイトル通り豚小屋のタイトルバックが終わると、パゾリーニの前作『テオレマ』のラストシーンを彷彿とさせる荒野から始まる。
このインパクトのあるタイトルだ。
まず「豚」について考える。
豚はイノシシを食肉生産用に家畜化した動物だ。
他の家畜には運搬などの労働や、卵、毛、乳、といった用途などもあったりするが、純粋に食肉のみに特化した動物。(野生の豚はいない)
作品内には宗教的・文学的な比喩も含まれているのだろうが、そもそも豚の存在目的というのは人間の食糧資源として生み出されたというところから始まっている。
映画には人間の肉を食べる男(中世)と、豚とセックスをする男(現代)が現れる。
性欲の対象と食欲の対象がそれぞれにおいて逆転した行為が行われている。
中世編では、食糧難からしかたなく人肉食に手を出したかのような出だしにはなっていたが、ラストの処刑シーンでは「自分は父親を殺し人間を食べ、しかも心は悦びに満ちている」と言い放つ。
現代編の主人公ユリアンも、金もあって若い恋人もいて、何もかも満たされている状況にも関わらず、自らの意思で獣姦に手を出す。おなごがいないから犬とヤるしかない『楢山節考』みたいな世界観とはわけが違う。
二つの物語は同列に並置されているというよりはタイトルも『豚小屋』なので、メインストーリーは現代編であり中世編はレファレンスというか挿話して機能していると見たほうがわかりやすいかもしれない。
主演のジャン=ピエール・レオとアンヌ・ヴィアゼムスキーと言えばゴダールの『中国女』(1967)で左翼運動に傾倒する若者を演じていたが、今作では資産家の御曹司と令嬢になっている。しかも映画内時間は1967年。
このキャスティングをすることによって別角度からの寓意性も獲得することになるという、非常に巧妙なテクニックだ。
ちなみに今作でのヴィアゼムスキーも非常に美しい。
オープニングで映される豚小屋(画像▽)とユリアンが暮らす豪邸の外観(画像△)は図形的相似性が高いというか、豚小屋は真ん中の通路で、豪邸は水路で線対称となっており、まるで同質のものと訴えかけてくるように思える。。
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このようにシンメトリーで左右対称のショットが非常に多く、二人の人物が対話をする場面も画面の両側に分かれて動くことはない。
中世編では荒野が舞台ということもあり、そのような撮り方はほとんどないのでより浮き彫りにされる。
ストーリー中盤でユリアンは強硬症となり一年近く寝たきり状態になる。(『テオレマ』ではヴィアゼムスキーが同じ症状になっていた)
そのため映画はユリアンの父親と商売敵ヘルトヒッツェとの対話シーンがメインとなる。
ラストは衝撃の展開だが、終始淡々とした文体であるがゆえに、その事実の衝撃度のみが生のままで提供される。
父親と商売敵との業務提携を祝するパーティーにおいてユリアンが豚に食べられ殺されたことが農夫たちの証言によって明かされるが、ヘルトヒッツェが「誰にも何も言うな」と言うところで映画は終了。
中世編の男は人肉食というタブーを犯したという人道的・宗教的な理由によって処刑された。
ユリアンは豚に逆襲?されて殺されたと同時に、豚という商品をむやみに傷つけたこと、生存や欲望までもが資本主義によって管理されているシステムにおいて経済的害悪を与える異分子を排除するという形で葬り去られたとも言える。
この映画におけるユリアンとはいったい何だったのか。
女性を愛することもできず自らの欲望に身を任せ変態行為にふけった挙句、死ぬ。
"普通"でないことが許されない社会への批判であるにしても、特にパゾリーニの最後を知っている今の視点から見れば、あまりに絶望的すぎる終わり方だ。
DVDには四方田犬彦による解説リーフレット付き。
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