第1回:「海軍」というアセットについて
今回から本格的に投稿していきます。
さて、このnoteをご覧の方々はミリタリーに興味がおありだと思います。そんな皆さんに1つ質問です。
「海軍」の役割って何だと思いますか?
主力艦同士の艦隊決戦
無数の空母艦載機による航空戦
潜水艦による通商破壊
etc…
作戦的な役割や戦術的な役割がいろいろと思い浮かぶかもしれません。しかし、これらはあくまでも「作戦」や「戦術」の話にすぎません。もっと抽象的な、「戦略」に視点を移して「海軍」の役割を考えてみたことはあるでしょうか?今回は主宰の田山が今後執筆するにあたって前提としている「海軍」観をつらつらとお話ししようと思います。
陸軍は囲碁 海軍は将棋 空軍は・・・?
海軍について考える前に、陸海空のアセットの特徴を考えてみましょう。なお、ここでいう「アセット」とは、「ある作戦領域において使用する、武器及びその生産手段、または防衛及び攻勢を実施する機械、装置またはその能力の総称」という意味です。陸軍でいえば歩兵部隊や機甲部隊であり、空軍であれば戦闘機部隊や爆撃機部隊、最近であればドローンや無人兵器も挙げられます。そして海軍であれば水上艦艇部隊や潜水艦部隊などを指します。一般に兵士1人では作戦を実行しない陸軍と異なり、海軍や空軍の場合は、一つの艦艇や航空機で作戦遂行することが可能であるため、単機や単艦であっても「アセット」と呼称します。軍事について考える際には、これらのアセットの特徴を考慮して目的に対する手段を検討する必要があります。今後「アセット」という言葉はよく出てきますので、知らなかった方は覚えておきましょう。
そして陸海空それぞれのアセットの特徴を一言で書き表すと、「囲碁の陸軍」、「将棋の海軍」、「特異な空軍」と言えます。なぜこうなるのでしょうか。今回の記事を通して、「アセット」についての理解を深めていきましょう。
「アセット」を「ゲームの駒」にしてみる
さて早速ですが、世の中には数えきれないほどの兵器とそれによって構成された種々のアセットが存在します。上は衛星や航空機から下は潜水艦や無人潜水艇に至るまで、その活動領域や任務は多種多様です。しかし、いかなるアセットであっても、補給艦や輸送機、補給部隊などの後方支援部隊を除き一義的には敵戦力の撃破又は抑止により目的を達成する以上、戦略ゲームのユニットのようにある程度共通の要素と得手不得手が存在すると主宰は考えます。これを図にまとめると以下のようになります。
交戦距離:目標に対して必要な能力を投射できる物理的距離のこと。目標を探知捕捉するセンサーの有効半径と保有火器(又は装置)の有効射程のうち短い方で規定される。
精確性:目標に対する兵器の命中精度のこと。射撃諸元の正確さや誘導装置の精確さによって規定されるが、無誘導であっても手数が多ければ精確性は高くなる。
破壊力:兵器が命中した場合に与える損害のこと。目標の妨害行為による弾着の可否と弾着時の損害の程度によって規定される。
機動力:目標を撃破又は抑止するために所定の位置へ遷移する能力のこと。目標を探知するセンサー(人工衛星などの広域なものを含む)の能力、航続距離、速度によって規定される。
継戦能力:アセットの戦術的能力を発揮し続ける能力のこと。被攻撃に対する受動的な継戦能力(抗堪性)と作戦遂行に対する能動的な継戦能力(補給能力)に分けられる。
これらの要素を組み合わせると、ヴィークル(軍艦や戦車、戦闘機のような乗り物)や部隊単位の「点」ではなく、それの持つ能力を加味した「面」で見ることができます。分かりやすくするために、ここでは機動力と交戦距離に絞って考えてみましょう。
影響範囲=機動力×交戦距離
まず、陸海空それぞれの機動力を比較してみます。ここでは分かりやすくするために機動力を速度に絞り、それぞれの速度の目安を下図にまとめてみました。なお、主宰は今後物事を検討する際にも下記の速度をおおよその目安として用いていきます。
今回は比較を単純にするために、陸軍アセットの速度を4km/h、海軍アセットの速度を25km/h、空軍アセットの速度を1600km/hと考えてみましょう。
続いて、陸海空それぞれの交戦距離を分かりやすくするために下図のようにまとめてみました。ちなみに本来はセンサーの探知距離を考慮する必要がありますが、センサーの探知可能距離はセンサーの位置や周囲の気象状況、磁気嵐の状況、目標のレーダー断面積などによって変化するため、便宜上ここではいったん無視します。なお、交戦距離については、当然使用する火器や装置によって変わってくるので、この数値はあくまでもここだけの想定とします。
さて、陸海空それぞれのアセットがある地点にいると仮定して、先ほど示した速度のまま1時間で移動できる場所を色の濃い円、その場合の交戦距離の範囲を色の薄いドーナツ状の輪で表現して組み合わせると、陸海空それぞれのアセットは下図のように表現できます。なお、実際の空軍アセットの1時間当たりの移動距離は下図の何十倍も巨大ですが、等倍率にしてしまうと陸軍アセットが見えなくなってしまうためあえてこのようにしています。
下図のように「ある地点を中心として、単位時間当たりの交戦距離の最大値を半径として描く円」を、以後「影響範囲」と呼んでいきます。
空軍アセットの特異性
上の図を見て皆さんこう思いませんでしたか?
「・・・空軍アセット強くね?」
確かに空軍アセットの影響範囲の広さは文字通りケタ違いです。ある航空自衛官は、「速度計は50ノットからしか表示されないから、21ノットとかイメージできないなぁ」と言っていました。海上自衛隊最速のはやぶさ型ミサイル艇が最高速力39ノットであることを考えると、もはや住んでいる世界が違うといえるでしょう。しかし、空軍アセットには唯一にして最大の欠点があります。それが、継戦能力の低さです。
補給が続けば数カ月から年単位で持久し続けられる陸軍アセットや短くとも数週間は活動できる海軍アセットに比べると、空軍アセットは単体での継戦能力が長くても1日と非常に短く、しかも陸海と異なり常に移動し続けなければならないため「戦場に留まる」という選択肢が存在しません。これでは陸上のある地域や会場のある海域を制圧し続けられる陸海軍と違い、空域を制圧し続けることはできません。近年では制空権という言葉が鳴りを潜め、あくまでも敵より空域の使用について優位を保っているという「航空優勢」という言葉がつかわれるようになったのも、これが原因となっています。このように「時間とともに影響範囲が急速に小さくなる」のが空軍アセットの持つ欠点の一つです。
さらに、空軍が一般に使用する陸上航空機は補給・整備拠点である陸上の航空基地と紐づいているため、空軍アセットの影響範囲は陸海軍のように日によって移動することがありません。すなわち、空軍アセットの影響範囲内に入っていれば、いつどこから攻撃されるかわかりませんが、影響範囲が予測しやすいためそこを回避するという手段を取りやすいということです。
ここまで読んだ方の中には、「航空母艦」というアセットを思い浮かべた方もいると思います。航空母艦、すなわち空母は、空軍アセットが持つこれら欠点を克服する海軍アセットなわけですが、これについては後日お話ししましょう。
英陸軍はロイヤルネイビーの砲弾・・・?
以前に何かの本で、「大英帝国を支えたロイヤルネイビーは、本国から陸軍という砲弾を植民地へ撃ち込むことが任務だった」という文章を読んだ記憶があります。これは海軍の持つ戦力投射という役割を端的に表しています。戦力投射とは、母機や母艦のように戦力を連れているユニット(「プラットフォーム」という。)が、ある空間(陸海空を問わず)に、連れてきた航空機や陸上部隊、ミサイルなどの火力を投入することです。
先ほどの図でも明らかなように、陸軍アセットの影響範囲は非常に限定的であり、陸上であれば長期にある地点を制圧・保持することができますが、海の上では基本的に活動できません。一方で海軍アセットの影響範囲は陸軍に比して広く、地球上の七割を覆う海であれば基本的にどこでも活動可能ですが、基本的に陸上のある地点を制圧し保持する能力はありません。そのため、陸軍の戦いが比較的近距離の部隊と部隊、陣地と陣地が頭を突き合せて「戦線」と呼ばれるものを形成する一方、海軍の戦いでは見えない敵の影響範囲と我の影響範囲との間合いがそのまま「戦線」のようなものとなっていきます。
これをゲームにたとえると、陸軍アセットは、石同士を連絡させて戦線を引き、囲んだ場所を陣地としていく囲碁のようであり、海軍アセットは、駒の進めるマス目(これを「駒の効き」という。)をつなげて連携させ、駒の効きによるけん制で戦線のようなものが形成される将棋の様であるといえます。
そして、「影響範囲は非常に狭く海を挟んだ移動はできないが、陸地での高い継戦能力がある」陸軍アセットを、「影響範囲は広いが継戦能力で陸軍に劣り、陸地を制圧したりはできない」海軍アセットがある陸地から別の陸地へと橋渡しをすることにより、陸海はお互いの欠点を補うことができるわけです。
まとめ
いかがでしたか?
陸海空それぞれのアセットの特徴を理解しモデル化することは戦史研究において非常に重要なことです。我々アマチュアは、戦史といえば特定の会戦や戦争がクローズアップしがちであり、本来の事例研究の目的である、具体的な事例を一般的なモデルへ昇華させることをしばしば忘れてしまいます。
主宰としては過去の事例を現代や将来へつなげるヒントにしたいため、今後もこうした概念的な話が多くなると思います。(そもそも主宰は個別の兵器や武器を掘り下げることにあまり興味を抱いておりませんので・・・。)こんなnoteでも良いという人は、今後ともお読みいただけると幸いです。
ありがとうございました。