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「ねえキスしよ」(Y#12)
次の朝になった。
「おはようございます。行く?気が変わっていたら良いよ」と送ってみた。
「おはようございます。もう1軒行く!」と返事が返ってきた。
別に予定をきっちりと決める必要はない。ざっくり待ち合わせの場所と時間の約束をした。携帯端末さえあればなんとでもなる。
会う前に一つだけ予定があったが、それが終わると彼女に連絡を入れた。
もう9月に入っていたが、まだ暑い日だった。
「今、寮を出たとこ。1軒目のお店に向かうよー」
店に行く前に荷物を預かることにした。彼女が歩いていそうな方向に車を走らせていくと車の進行方向とは反対の歩道に大きなスーツケースを引きずっている彼女がいた。ウインドウを開けて声をかけ、荷物を預かった。
随分と大きなスーツケースだった。しかもかなり重かった。海外旅行の帰りでもこんなに重くなるだろうかという重さだった。少なくとも自分の体重よりははるかに重いのではないかと思った。
「これで身軽になったでしょ。食べ終わったら連絡してね。また拾いに来るから」
彼女は黒のサンダルに黒いダメージジーンズ、黒いTシャツ、そんな出で立ちだった。地味な服装だが金髪であるし、痩せてはいるが胸は強調されていたので人の視線を集めるだろうなと思った。すっぴんで来ると言っていたが薄く化粧はしているように見えた。仕事の時よりもずっと幼く見えた。標準語ではなくずっと関西の言葉で話していた。完全にオフにはなっているようだった。
そしてしばらく車で待つことになった。考え事をするには十分な時間があった。僕が誘ったわけではなかったはずだと記憶を辿っていた。もう出稼ぎの出勤予定は終わってはいたし、もう来ることはないと言っていたので禁止行為である店外デートと言ってもそれほど罪悪感は感じなかった。
何故に最後に会ってくれているのか理由がわからなかった。確かに1ヶ月で4回呼んでくれる客はあまりいないのかもしれない。一緒にお酒を飲んだり会話を楽しんだとは思っていたが、嫌な客ではない程度だろう。色恋営業をするタイプの女の子ではない。この先も客として来て欲しいなら繋ぎ止めておくためなら合点がいくのだが、もうここには来ることはないのだ。
「やれやれ、つくづく波長が合うって言葉には弱いな」
でもそう言ってくれる女の子とは何度会ってもこちらも嫌な気分になったことがないのも事実だった。