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立ち上がれ滉 燿くん ! ~明日を信じた5年間~ 8(2) 立ってバランスを取り始めた滉耀くん。足し算に挑戦



小脳が殆ど無いのにバランスを取り始めました(何で出来るの!?)   足し算の練習を始めました(一才くらいと思われていたのに・・?)
                 
4年生2学期(2006年 H18年)


前編 立ち上がれ滉燿くん ! ~明日を信じた5年間~ 8(1) 2学期スタート!


48  バランスを取り始めた滉燿くん

 10月になったので、お母さんに、約束していた訓練の成果を見せることにしました。迎えに来たお母さんに、滉燿くんに靴を履かせ、手すりをもたせて立たせてみました。

「おっ」
    お母さんの目がちょっと丸くなります。滉燿くんは、どの時期に比べても、真っ直ぐに立っていました。しかも、筋力強化の訓練によって足が強くなったのでしょう。しっかりと立っています。倒れる心配が少ないので、ちょっと離れて見ていても安心感が有ります。膝も真っ直ぐ伸びていました。
「どうです?これなら良いでしょう?」
「はあ、真っ直ぐですね。H療育園でも膝が伸びていると言われました」
 聞いてみると、短距離ながら、歩行練習があったということでした。でも、そんなに嬉しそうではありません。
「これでもまだ、一人で歩けるようになるとは思っていないでしょう?」
「はい」
 少し目を伏せながら、小さい声でお母さんは返事をしました。
「まあ、良いです。私の頭の中では順調ですから・・・」
 少々複雑な思いで言いました。親が信じようと信じまいと、私が滉燿くんに力を着けて、親はそれを受け取れば良いのですから・・・。

 手すりをもって、真っ直ぐに立てるようになった滉燿くんに、次の段階の訓練を始めました。滉燿くんの右横に立ちます。両手で手すりをもって踏ん張っている滉燿くんに声をかけます。
「滉燿くん、滉燿くんの右手で先生の手をつかんでみて」
 滉燿くんは、しっかり掴んだ右手を恐る恐る外すと、素早く私の手を掴みます。私は滉燿くんの手をしっかり握った後ゆっくり言います。
「じゃあ、この手を元に戻して」
 滉燿くんは恐る恐る手を手すりに戻すと、にっこり笑いました。

教頭先生と手を手すりから離す練習

 恐る恐るというのは倒れないかどうかを自分で考えながら手を離している証拠です。
 恐らく、滉燿くんなりにバランスが取れているかを考え、倒れないと判断した時に手を離しているのに違い有りません。
 手すりから手を離さない時は、うまくバランスが取れていないと判断したのだと思います。きっと、そうに違い有りません。誰に教えられたわけでもないのに、滉燿くんは、それが分かっているようです。そうでなければ、私が指示すれば、バランスが取れていようがいまいが、構わずに手を離して倒れてしまっているはずです。
 バランスを取る練習をしていって、私が片手をもってやれば、バランスを取って立っていられる様にするのが今年度の目標でした。この目標に大きく近づいた気がしました。外は明るい秋の日差しが照っていました。


49  足し算ができるようになりました

 10月からは、おはじきを使った足し算を始めました。
 例えば、2+3=5の場合です。私は、机の私側の方に、1~5までの数字カードを置きます。次に、滉燿くん側に、十個のおはじきを横に並べて置きます。最後に、私は机の中ほどに1の数字カードを置きます。
「いくつかな。」
   滉燿くんは指文字で1と答えます。
「1の数字カードの下に、おはじきを1個置いて」
並んでいるおはじきの中から、指を使って一個のおはじきをズルズルと引きずりながら持ってきて、1の数字カードの少し下に置きます。
 次は、1の数字カードの横に少し間を空けて2の数字カードを置きます。
「いくつかな?」
 指文字で2と答えます。1の数字カードの時と同じ様に、2の数字カードの下に、おはじきを2個置くように指示します。
「1と2を合わせたら、いくつになるかな?」
 1個と2個のおはじきを両手の指を使って合わせながら、2の数字カードの横( 普通の計算であれば、答えを書く所) に持って行きます。
「1こ、2こ、3こ」
 滉燿くんは指を使って数えて、指文字で3を示します。私は机の前の方に置いた1~5までの数字カードの上で指を右左に動かしながら、
「どれかな?」
 滉燿くんが3の数字カードを指を使って、答えの場所に持って行きます。
「大正解、凄いねー」
 大げさに誉めてやります。

「ぎゃははっ」
 滉燿くんは笑いながら、手で顔を隠すようにしながら大喜びします。
 答えが10以下になる式について、おはじきを使って計算練習をしました。+や=の記号は使いませんでした。

 12月からは、おはじきを使わないで、数字カードのみを使った計算を始めました。数字カードを使ってはいましたが、普通の計算と考えて良いでしょう。果たして、うまくいくでしょうか?興味津々でした。
 「1たす1は2」くらいは、覚えていれば簡単にできそうだったので、最初に1+2の計算をさせてみました。これまでと同じ様に、机の上の私側に1~5までの数字カードを置きます。
「1たす2は?」
 1の数字カード、『たす』のカード、2の数字カード、『は』の数字カードを並べます。
「1たす2は?」
 滉燿くんは直ぐに指三本を立てて、指文字で3と答えてくれました。これで安心してはいけません。指三本は、単に出しているだけかも知れません。
「答えはどれかな?」
 私は机の前の方に置いた1~5までの数字カードを指差して、右左に動かしながら聞きます。滉燿くんは、直ぐに3の数字カードを指差すではありませんか!
「やったぞ!」
 心で躍り上がりながらも、顔は冷静に、私も3の数字カードの上に指を載せて、一緒に「は」の横( つまり、答えの場所)に持っていかせました。これで「1たす2は3」の式と答えが完成したのです。
 さて、この正解は単なるまぐれ、偶然でしょうか?私はドキドキしながら、今度は1+1の計算をさせてみました。滉燿くんは「1たす1は?」の問いに、指文字で「2」と答えました。私はドキドキしながら1から5のカードを指差しました。滉燿くんは苦も無く2の数字カードを指差すと、今度は、自分でズルズルと答えの場所に指で引きずっていきました。自分で式を完成させました。しかも、自分で考えて答えの場所に数字を持っていったのです。ビックリです。
 驚きながらも頭は回転しています。『これは偶然だろうか?』偶然なら、これ以上は正解できないでしょう。もう少し計算をさせてみる事にしました。同じ様に数字カードを置いて聞いて見ます。

「1たす4は?」
 滉燿くんは5のカードを引きずってきます。
 1たす4は5まで成功したので、2が最初に来る計算をさせてみる事にしました。
「2たす1は?」
 これは失敗でした。滉燿くんは1の数字をもってきました。やっぱり、最初に来る数が1で限界でしょうか?念のために、
「2たす2は?」
 すると、滉燿くんは正しい4の数字カードを持ってきました。それならばと「2たす3は?」を出してみると、5の数字カードを持ってきます。
 この後の計算では正解が出ませんでした。翌日もやってみたのですが、同じ結果でした。
 私の頭の中にポンと浮かんだ「3たす4は?」を試しにやってみたところ、7と正解しました。滉燿くんは、「1たす1は2」、「1たす2は3」、「1たす3は4」、「1たす4は5」、「2たす2は4」、「2たす3は5」。そしてなぜか「3たす4は7」が計算できる事が分かりました。
 『間違える事は有るものの、これは偶然ではない。そうすると、1たす2や1たす1を計算していることになる。しかし、そんなことが滉燿くんの頭のレベルで出来るんだろうか?単に、1たす1は2と丸暗記しているだけなのであろうか?そうかも知れない』滉燿くんが、これまでのおはじきを使った計算練習の時に、答えを丸暗記していたのだろうと結論しました。とても頭の中で、ルールに従って計算しているとは、信じられなかったのです。
 しかし、間もなく、『それなら、それで良いじゃないか。我々だって、計算の時に頭の中で、おはじきなんかを思い浮かべて計算しているわけではない。何回も練習して1+1は2と瞬間的に答えられるように、覚えているだけではないか。滉燿くんも、それと同じ事をやっているだけなのだ』と気付きました。
 お母さんに報告すると、
「へえー」
 目を丸くしていました。俄には信じられないという顔でした。


 12月半ば、私は滉燿くんの2学期の成績を付け終わりました。何しろ一人の学級ですから、学期末の事務は簡単です。
 この仕事が終わると、気になっていた1月末に行う研究授業の準備を、少しずつ始めました。私は11月頃研究授業をする予定を立てていました。しかし、10月15日に、私の父親が亡くなりましたので、家庭のことが忙しくて、11月の研究授業は準備する時間が無くて出来なくなってしまいました。他の先生達は2学期中にしてしまいます。私も出来れば2学期中にしてしまいたかったのですが、日程的に無理でした。仕方がないので、予定を延ばして1月30日に学校で一番最後に研究授業をすることになりました。
 なるべくなら良い授業を見せたいものです。しかし、私の体は、馬力をかけて何かをする事は、まだ無理でした。時間をかけて、ボツボツ体と相談しながら、やらなければなりません。「無理は禁物」自分に言い聞かせていました。


立ち上がれ滉燿くん ! ~明日を信じた5年間~ 9(1)  研究(公開)授業の準備は大変です。


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