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立 ち 上 が れ 滉 燿 くん ! ~明日を信じた5年間~ 10(3) 校外宿泊学習に参加しました



前編 立 ち 上 が れ 滉 燿 くん ! ~明日を信じた5年間~ 10(2) 足の力をつけるんだ!煎じ漢方薬の威力(笑)!? へはこちら


生徒時代に校外宿泊学習(学校キャンプ)を体験した人達は多いでしょう。でも、引率する先生達は大変なんです(^o^)
5年生1学期(2007年 平成19年)


60  式を使った足し算練習

 勉強法では、答えが10までの足し算の式を練習を続けていました。もう、おはじきは全然使っていません。
「さあ、滉燿くん、足し算の勉強だよ」
 訓練終了後、滉燿くんを勉強の椅子に座らせ、机に向かい合って座って勉強を始めます。1+1=2からの勉強です。1+2=3、1+3=4・・・と進んでいきます。
「1+9=10と・・・、よしっ、滉燿くん、完璧だね」
 OKサインを返してきます。
「次は2+○=の練習だ」
 2+1=3、2+2=4と進みます。ところが、「2+3=」答えは5なのですが、6のカードを引きずって来て=の横に置きました。
『昨日まで、ちゃんと5を置いたのに・・』。
「滉燿くん、これは5だよ。2たす3は5だよね」
 言いながら私は、5のカードをもってきて=の横に置きます。
「2たす3は5」
 間違えた場合は、数字を指さしながら声に出して読みあげます。表情を見ながら2回ほど繰り返して覚えさせます。『うん』という表情が読み取れたら次の式に進みます。
「7たす3は?・・・10!」
 7たす3は10は当然ですが、昨日までは出来ていなかった計算です。昨日まで出来ていなかった式が出来たり、ずーっと出来ていた式が出来なかったりは良くありました。出来無い場合は、おはじきをつかう段階まで戻ります。苦手と得意の式もありました。
 答えが10までの式は、1+1=2から9+1=10まで45 個あります。これをノートに書いておいて、出来ると○を付けています。ちょっと怪しいかなというものは△を付けています。こうすると、どの段階まで進んでいるのかが一目で分かります。普通の子どもであれば、日一日と○が増えていくのですが、滉燿くんの場合、早くから正解していたはずの式が出来なくなって、ついていた○が消える。何日間か練習すると、また出来るようになったりと一進一退でした。
『普通の子なら、このノートを見ながら、どんどん出来るようになっているね、と励まして意欲付けが出来るのにな』
 障がいをもつ子の学習の難しさをまた感じていました。


61  キャンプで一人で寝たよ

 そうしている内に7月になりました。7月下旬から夏休みですが、今年は大きな行事が待っています。夏休みのはじめに、5年生は福岡県朝倉郡筑前町三箇山にある国立夜須高原少年自然の家でのスクールキャンプが、学年行事として行われていました。
「辻塚くん、滉燿くんは大丈夫かね。参加出来る?ちょっと心配なんだけど?」
 5年生の学年主任の坂本由美先生が聞いてきました。彼女は同い年で、出身高校も一緒で昔からの知り合いでした。それで、お互いに「辻塚くん、坂本さん」の仲でした。子どもが帰った後、5年生の同学年会でキャンプの打ち合わせをしていたようです。
「滉燿くんの体の方は大丈夫?」
「明日、お母さんとよく話し合ってみるけど、たぶん大丈夫だろう。これまで、ちらちら話していたんだけど、来年になると修学旅行もあるし、今年は修学旅行に行けるかどうかの良いテストになるんじゃないかな。もし、夜中に何かあったとしても、車で迎えに来てもらうこともできるし、何とかなるんじゃないの?俺は行く方で考えているよ。ただ、夜須高原少年自然の家が、どれくらいバリアフリー化をしているかが心配だよね」
 気になる点は、なんと言っても移動でした。夜須高原少年自然の家は、何度も行ったことがあります。山の上にある設備で自然が売りものです。建物の中はエレベーターがあって、車椅子でも困らないだろうとは思っていました。しかし、お風呂はどうなるのでしょう?また、屋外のレクレーションとして、草そりやスーパースレイというステンレスの溝の中を走っていく二人で乗るそりの様な乗り物や、キャンプファイヤーの場所への移動や肝試し、宿泊棟への移動はなどはどうなるのでしょう?
「それはね。先日学年の先生で見に行ったんだけど、場所への道はあるから移動は大丈夫と思うよ。でも、そりなんかは、ちょっと乗るのは無理よね」
   坂本さんは私の顔を見ながら続けます。
「お風呂は、障がい者用のものが有ると言うことだから、みんなと大きな風呂に入るよりそっちの方が安全と思うね。肝試しのコースは、上ったり下ったりが、かなりきついコースなの。夜だし真っ暗だし、これはやめた方がいいかもね」
「わかった。あとは同じ班の子に、バギーを抱えてもらったりしなくてはならないから、沢田先生と細かい打ち合わせをするよ」
 こんな話をしていましたが、ほとんど心配はないと思っていました。バスに乗るのは昨年の見学旅行で経験済みだし、施設のバリアフリー化も大丈夫でしょう。遊びの乗り物に無理をしなければ心配ないと思えました。お母さんもほとんど同意見でした。もしもの時は、直ぐに迎えに来てくれるようにお願いしておきました。

 地球温暖化を思わせる蒸し暑さの中、日にちがバタバタと過ぎ去っていって、夏休みとなりスクールキャンプとなりました。
 夜須高原少年自然は、標高300Mほどの高原にあります。涼しいのでクーラーはありません。しかし、日差しが強いので日なたに出すぎないように注意しました。草そりやスーパースレイは友達が滑っているのを見るだけです。クラスのみんなはスリルに顔を輝かして滑っていました。滉燿くんの移動を手伝ってくれる子ども達も、滉燿くんのそばから離れ、思う存分滑っています。滉燿くんも、にこにこしていました。でも自分も滑りたいとは思っていないようです。一緒に乗せてやれば絶叫系が好きな滉燿くんです。きっと大喜びなのでしょうが、ここはちょっと無理でした。楽しそうに友達が滑るのを見ていましたが、『どんな楽しさかはわからないんだろうな』心の中でそっと考えました。

 キャンプファイヤーは、たき火を中心にしてゲームと歌の楽しい集いです。火の神様の登場と儀式、ゲーム、ダンスと進んでいきます。定番のゲーム、「笛の数だけ集まれ」では滉燿くんのバギーを必死に押してグループの中に潜り込みます。
「滉燿くん、こっちこっち」
 子ども達の方からも、嬉しそう大声で呼んでくれます。ダンスは、これまた定番のマイムマイムなのですが、踊った方はわかるでしょう。右に左に体をひねり、マイムマイムマイム・・・と前に進み直ぐにバック、そしてジャンプの連続です。バギーを右に左にと切り返し、前に進めば直ちに後ろへ下がり、隣の子ども達と滉燿くんがつないだ手を切らないように、距離を考えてと大奮闘です。ようやくキャンプファイヤーが終わり、肝試し会場へと向かう子ども達の中で、がっくりと疲れてトボトボとバギーを押す私のそばへ、吾妻太郎先生が寄ってきて大笑いで声をかけてきました。
「せんせー、わたしゃーバギーがあれだけ躍り上がって踊るのは初めて見ましたよ。わははっ」

 肝試しは滉燿くんは参加しないのですが、私は暇では有りませんでした。どうしても怖くて、肝試しに行けないという子ども達のために星空解説をすることになっていました。
 10名ほどの子ども達と滉燿くんを連れて、肝試しの順番を待っている子ども達がいる「集いの広場」を離れて、駐車場の方へ移動しました。そちらの方が灯りが少なくて星の観察には都合が良いのです。子ども達は星はいつも見ているはずですが、「星座」として見るのは初めてがほとんどでした。
「みんな、どんな星座知ってる?」
「北斗七星・・・・、後わかりません」
「他に、七夕で出てくること座にある織り姫星のベガやわし座にある牽牛星のアルタイル、さそり座は知っているだろう。」
「七夕の話で聞いたことはあります。でも、どれかわかりません」
 私は笑いながら、星を指さして説明します。
「あの山の上の鉄塔の上にあるこの星と左斜め上にあるこの星と上にある星、次に右斜め上にあるこの星、その上にある三つの星を結んでいくと、ほら、縦にしたひしゃくの形だろう。これが北斗七星だよ。頭の上にある明るい星がベガ・織り姫星で、こっちにある明るい星が牽牛星のアルタイルだ。アルタイルはわし座の一等星だ。もっと暗い空だと、この間に天の川が見えるんだ」
 私が、自治体や子ども会などから依頼されている天体観望会での同じ解説をしてやりました。
 みんなが感心して聞いてくれていると、いつの間にか知らない「おじさん」が一緒に解説聞きに参加していることに気づきました。どうやら、車に乗りに来て星座解説に気づいたようです。真っ暗なので誰かわからないのですが、別に邪魔するわけでもなし、『聞きたいのなら聞いていて良いよ、名解説者の話だからね』とそのままにしていました。一時間ほどの星空案内の後、集いの広場に戻ろうとすると、そのおじさんが近寄ってきました。
「どうもお久しぶりです。いやーおもしろかったです」
 なんと校長先生のご主人だったのです。(どっちが主人が知りませんが(^^;))
 肝試しは、本物のお化けが出ることもなく、無事に終わった様です。
 一日が終わって、就寝時間となるのですが、これからが教師が辛い時間の始まりです(笑)。私と滉燿くんは、子ども達が寝る宿泊棟の端にあるリーダー室に泊まることになっていました。リーダー室とは、要するに先生達の部屋です。六畳ほどの畳敷きでした。
「さて、滉燿くん寝ようか」
 滉燿くんの服を着替えさせ、水筒からお茶を飲ませました。それを終えると布団を敷いて寝かせました。時計を見ると、もう午後10時を過ぎていました。『いつもは10時頃には寝てしまうと言うことだけど、直ぐには寝ないだろうな』と考えながら先生達からの差し入れのジュースを飲みながらホッと一息ついていました。『本当はビールが飲めればな』が本音ですが、子ども達を引率している身、そういうわけにはいきません。
 この部屋は、5年生の先生以外の先生達も寝ることになっているのですが現れません。子ども達のいない別の棟の部屋でくつろいでいるのでしょう。自分達がいると滉燿くんが眠れないと悪いので、遠慮して下の方の建物の部屋にいるに違い有りません。
 電灯を消して滉燿くんの横にごろりと横になりました。昼間の活動のためか、疲れで少し体が痺れるようなものを感じていました。ちょっと気になって、窓から首を出して外を見てみると真っ暗です。街灯がまぶしく感じられます。下の階の窓を見ると灯りがついていて、ガヤガヤとよその学校の子ども達の話し声が聞こえてきます。横につながる窓を見ると真っ暗でシンとしていました。伊岐須小学校の子ども達は、もう寝ているようです。
『意外に静かだな。このまま朝まで寝てくれれば良いんだけれど』首を引っ込めると、また滉燿くんの横にゴロリと寝転がりました。
 30分ほどたったでしょうか。隣の部屋の戸がガラリと開くと廊下をピタピタと眠そうな足音が私の部屋の前に来ました。イヤな予感が・・・。『そのままトイレに行け!』との願いも虚しくガラガラ声がします。
「せんせー。みんなが寝ませーん(怒)」
 リーダー室の部屋のドアを半分開けて体を斜めにして、男の子が言ってきました。廊下の眩しい電灯で表情はよく見えませんが大不機嫌です。
『おいでなすったか』
『しょうがねえなー』
 起き上がると隣の部屋に行きました。部屋に入ってみると数人の男の子がベッド上に起き上がったり上のベッドへ上がろうとしていたりしています。
「さあ。もう寝ろ。明日も早いぞ。早く寝らんときついぞ」
 他の部屋に聞こえないように小声で声をかけました。子ども達は素直にベッドに潜り込むと布団を被って寝始めました。
 自分の部屋に戻りましたが眠れません。ジッとしていると、リーダー室のドアがガラリと開いて、
「オー、辻ちゃん。いいかね」
 村田教頭先生が入ってきました。
「おー、滉燿!まだおきちょったか。はっはっはっ、今日は面白かったか?」
 いつもだけど、ハイテンションです。
「さすがにまだ寝ませんね」
「まあ、そうじゃろうね。がははは」
 村田教頭先生は、嬉しそうに滉燿くんの顔を指で突きながら上機嫌です。村田教頭先生もさっさと寝てもらいたいので、布団を敷いてやるととっとと寝てもらいました。部屋の電灯を暗くして、こそこそ話をしていると、どうやら滉燿くんは眠ってしまったようです。すーすー寝息を立てています。
 しかし、再び、廊下に足音です。
「先生ー。うるさくて眠れません」
 時刻は1時半を回っていました。部屋に行ってみると、さっきより多くの子ども達がベッドの上でガヤガヤやっていました。こっちの顔を見てもにやにや笑っていて楽しそうです。しかし、寝かせねばなりません。
「キャンプは遊ぶためだけじゃない。規律も学ぶ場だ。眠れなくても布団の中でジッとしていろ。眠い人もいるんだぞ」
 少し強く言って寝かしました。不平顔がベッドに消えたところで、自分の部屋に戻って滉燿くんの様子を見るとよく寝ています。私も横になりましたが眠れません。そのまま横になっていると、またまた来ました。
「先生ー。みんなが寝ません。寝ろと言うと、うるせっーて言われました」
 私はますます不機嫌態度で、子ども達の部屋に入りました。
「今、何時だと思っている。4時前だぞ。もう少ししたら夜が明け始める。明日の活動できついとか絶対に言わせないぞ。早く寝ろ。おまえ達が寝るまで先生はここにいる。早く寝ろ!!」
 大声を上げると床に座りました。私は優しい先生ではありません。大声で生徒を叱るなんて朝飯前です。だから(?)、高学年の担任が多かったのです。この気迫に押されて、にやにや顔の子ども達もこそこそベッドに入ると寝始めました。『もう、4時だからいいかげん寝るだろう』と思った通り、間もなく寝息が聞こえてきました。今夜はどうやらこれで済んだようです。まあ、とても良い方でした(^^;)。
 朝の集いに集まった生徒達の顔を見ても、少し眠そうでしたが、ぐずぐずしている子はいません。昨夜を思い出しながら『まあ、いいや」です。
 最後の活動は「焼き板づくり」でした。施設の中で一番下の飯ごう炊飯の場所まで降りていきました。丸太で作った小屋と食事用のテーブルがおいてあって、工作に好都合な場所でした。私と滉燿くんは、焼いた板を一枚もらうと、布でピカピカに磨きました。磨いた板に絵の具で簡単な絵を描きました。アマチュア天文家でイラストレーターの藤井旭さんが描いている犬の「チロ」がUFOにのっている絵です。記念品なので日付もしっかりと入れました。出来上がった子ども達は、絵の具が乾く間に谷川に入ってバチャバチャやって楽しそうです。これでキャンプは全て終わりました。
 学校に帰ると、無事にお母さんに滉燿くんを渡すことが出来ました。
「これで来年の修学旅行もOKですね」
 キャンプが終わって、もう一つ喜んだのは、私の体についてでした。不調を抱えていた体は、睡眠不足にことに弱かったのです。眠れない日があると一週間ぐらいは、気分が悪い日が続いていたのですが、この時は、そんなことはありませんでした。少しずつ良くなってきているに違いない。心の中で喜んでいました。(実は、そうでは無かったのです・・・)


続編 立 ち 上 が れ 滉 燿 くん ! ~明日を信じた5年間~ 10(4) 仏レベルの西木君のリハビリ訓練 へはこちら


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