退職エントリ #1

これまで何をしてきたのか?

1社目は縫製工場にて縫製技能士として働いた。

アパレル系4大にて就職のことを考えたとき、
アパレル企業に憧れはあるが、とにかく販売はしたくなかった。
自分のコミュニケーション力に自信はなく、
できれば接客は避けたい。
ノルマがあるのも怖い。
パタンナーなど技術職に憧れるけれど、
パターンメイキング検定など持っていても
やはり専門学校生に勝てるほどの個性はない。
そんな自分はアパレル業界で何ができるだろうか?

学校では服をつくることだけではなく、
繊維に関する化学実験や服飾史、
染色や体型学など、多様なことに触れた。
特に好きな瞬間は、ミシンを踏んでいる時だった。
デザインは苦手。
デザインを考えて、生地を選んで
立体裁断でパターンをつくり、
トワルを組み、修正して裁断して---------
そこまではとても苦しく、
でもミシンを踏みはじめた途端に
指先の世界に夢中になった。

縫うことが、好きなのだと思った。

だから、縫製工場を選んだ。
結局丸4年間勤め、一人でほとんどのアイテムを
縫える力がついた。

同期は専門学校を卒業した
1つ、2つ歳下の子たちが10人。
みんなで会社の寮に住む。
友だちではないけど、
ただの仕事仲間ではない。
職場もごはんもお風呂も一緒。

お給料はずっと低かった。
初任給は15万円。
1年目なんて、
寮費や食費、授業料を引かれて、
手元にくるのは6〜7万円。

お休みは少なく、お給料は低く、
共同生活で、先輩は怖い。
合わない人はすぐ辞めていった。

それでもなんだか居心地が良くて、
きっと同期の仲が良かったおかげなんだけど
自分はだんだん先輩になって
なおさら居心地が良くて、

ふと、このままじゃだめかも。
と思った。

まず、その土地に永住したいわけじゃない。
ほんの少しずつあがっているとはいえ、
この給料でずっといるのは物足りない。
縫うこと、以外も身に付けたい。
当時お付き合いしていた恋人と結婚したい。

そんな思いから、5年目の春に
転職を決めたのでした。


つづく。



社員寮の自室の窓辺と
同期と行った沖縄の思い出

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