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あの夏の蝉

 「かならず、サトシをむかえにくるからね。」と、アザだらけの腕を隠す様に暑い夏に長袖のシャツを羽織り母は家を出て行った。
 母の手を離してしまってから3度目の夏を迎え蝉の狂騒の中で、僕は寂しさすら感じなくなっていた。
 いつもの様に向いの家の幼馴染の康太くんが幼稚園から帰って来るのを待ち、「康太くん、遊ぼ〜!」と玄関先で言うと、康太くんが「サトシ君待ってて〜」と返事が返ってきた…。
 康太くんと駆出したけれど、僕は振り向くと康太君の背中を心配そうに、康太君のママが見つめていて’’何が心配?’’と思っていた…。

 その日はすぐ近くの小学校のグランドで盆踊りがあって、僕と康太君は夕日を浴びながらウキウキしながら遊んでいたら、優しげな聞き覚えのある声がした。
 不意に「サトシ、サトシ…」と、名前を呼ばれ立ち止まり僕に駆け寄る女性は母で、隣りに小さな女の子が居る事に僕は気づいてしまった。
 母が「サトシ…」と声にならない程に、泣き崩れて泣いていて涙が夕日に照らされてキラキラとしていて、 僕を抱き締めた母の腕には、あの’’アザ’’が無いことに気づいて…、’’母は幸せなんだな!’’と思った。
 僕といた頃より、穏やかに過ごす日々なんだと察してしまい抱きしめられた手を無理やり解いて、後ろにいる康太くんに「康太くん、アッチに行こう…」と言った。
 康太くんが「いいの?…」と、言いかけた言葉を打ち消す様に、僕は「アッチに行こう!!」と…、振り返って母の顔を見たいけれども、振り返れない僕の顔は夕日に染まり泣き声をかき消す様に、蝉達の狂騒が止まらない。
 
 蝉は地中に卵を産んだその場所で空を見上げる様に仰向けになり力尽きる。
まるで、卵を守る様に…。
 あの日に聞いた狂騒の蝉に思いを馳せる…。
  
  ………  E N D  ………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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