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小説家51 名、映画監督97 名の声明責任 李琴峰氏のカミングアウトについて
このテキストは性同一性障害特例法を守る会の会員ではなく、当会の「防波堤弁護士」であり、当会の住所を置かせていただいている滝本太郎弁護士のものです。鹿砦社通信に発表されたものですが、当会の note 「李琴峰氏のカミングアウト問題について」に関連して滝本弁護士が書いたテキストでもあり、ここに転載します。
小説家51 名、映画監督97 名の声明責任
李琴峰氏のカミングアウトについて
2024.11.27 滝本太郎(弁護士)
去る11 月20 日、小説家51 名、映画監督97 名の、トランスジェンダーにつき「苛酷な差別言説が氾濫」などという2 つの声明が出た。前者は、同日発売の『小説新潮』12 月号にも掲載され、その問い合わせ先として指定されている柚木麻子氏、山内マリコ氏の対談がある。
対談から分かることは、発案者は李琴峰氏で、米国保守派が、同性婚が実現したので次の標的としてトランスジェンダー差別をし、その波が日本に上陸、翻訳して拡散させている、と説明している。
偽りである。女子トイレを男性器ある人の一部が利用公認される考えなぞは、外国の動きと関係なく多くの人が反対する。筆者も孫娘らを心配し、酷い刑事事件も扱ってきたから、少しでも女子トイレに入りやすくなってはならず、反対している。考えてみればトランス女性は男性の多様性であり、男子トイレを「共用に戻して」解決できるものでもある。
声明は第十稿目で完成したという。山内氏いわく「メッセージはマイルドにしつつ、メッセージは伝わる形に落とし込んでいく その塩梅に気を遣いました。」「世界的には、ブラック・ライブズ・マター以降、声を上げないと差別に加担していると受け取られても弁明できない流れがあると感じています」という。
声明には、肝心な「何をもって、差別とするか」の記載がなかったが、対談でも分からない。対談は、性自認至上主義での論争点である「女性スペース」や「女子スポーツ」という単語さえもない代物である。そして、李氏はこの対談でも自らが生得的男性であることは述べていない。
その李氏は、この2 つの声明が発表された同日、自らインターネット上のnote に、強いられてトランスジェンダーであることをカミングアウトする、として6400 字程の声明を出した。中国語と英語での文章も出した。
驚くべきは、その中では、生得的には男性であることを中国語で示した市井の女性の、名前、住所街区が示され、その他の人についても情報を下さい、としたことである。ドキシング「身バレ攻撃」である。
李氏は、この女性を被告としてプライバシー侵害を理由に台湾の地方裁判所に提訴していたのだが、10 月31 日に全面敗訴したところだった。李氏は同様に筆者に対しても東京地裁に提訴してるが、11 月13 日李氏代理人にも生得的男性であることの様々な証拠を出したところだった。この note は、こんな個人情報を示したからだろう、翌日には運営側から閉鎖された。が、李氏はフェイスブックに更に台湾女性の誕生日や出身大学まで書いたものを掲載した。
筆者は、李氏が架空のものである小説でどのように記述しても問題としない。しかし、李氏は、エッセイや新聞記事への寄稿において、性自認至上主義を進める立場の者としての見解を示している。そこには、女性、レズビアンとの紹介があるだけである。多くの人は芥川賞を受賞した著名な「生得的女性の意見だ」と誤解する。実は李氏は、多くの文章で様々な立場の「真ん中だ」として、トランス女性であることも匂わし、いわばそれをウリもしてきた方でもある。更には女性の買春の事実などまでエッセイ「愛おしき痛み」に書いている(リレー・エッセイ集『私の身体を生きる』、2024 年5 月文藝春秋社)。李氏は、リアルの世界でも性自認至上主義を進めようとするならば、「生得的男性だ」と指摘されても、受忍すべき立場ではなかろうか。
「性同一性障害特例法を守る会」の代表で、李氏と同じく法的女性になっている美山みどり氏はこう述べている。
「意見はそれを言った人とは切り離して扱われるべきだ」という考え方もありますが、しかし、そういう客観性を破壊して「当事者でなければわからない現実がある」などと「立場理論」を振りかざしてきたのは、李氏を含むトランス活動家の側なのです。二重の意味で「誰が言っているか」がきわめて重要な問題なのです。
私自身、李琴峰氏と同じく、男性から女性へと性別移行した者として言います。議論の当事者として、自らの立場を隠して議論するのは、アンフェアで不誠実なやり方であると。
今回の、「苛酷な差別言説が氾濫」といいつつ、何をもって差別とするのか書かない、書けない各声明は、「トランス女性は女性だ」と言う思想運動に対して疑義を述べるな、議論拒否という雰囲気づくりの役目をはたす。あわせて、その中心人物である李琴峰氏のこのような不誠実な姿勢を、ガードする役目を果たす効果をもつこととなった。李氏が「強いられた」とするカミングアウトの露払いのような声明だった。
小説家は子どもではない、映画監督も子どもではない。この148 名は責任をもって、これらの疑問について答えなければならない。
▼滝本太郎(たきもと・たろう)
1957 年神奈川県生。市井の弁護士。オウム真理教と闘う。信者との話し合い活動や被告人らとの面談によりカルト心理を知る。脱会者の集まり「カナリヤの会」窓口、日本脱カルト協会の元事務局理事。女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会世話人。共著に『宗教トラブル110番』(2015 年民事法研究会)、『LGBT 異論』(女性スペースを守る諸団体と有志の連絡会=編著/2024 年鹿砦社)など。