クリクリしてください
人という生き物は、普段リミッターという理性が常にスイッチONになっていると思うが、そのリミッターが外れた瞬間、人は凄まじくアグレッシヴな言葉を放ったりする。
昼下がりの喫茶店。外の寒さから解放されようと逃げ込んできたお客さんでまーまー賑やか。冷えた体を温めるように、私は熱いブレンドコーヒーを飲んでいた。慌ただしく人が出入りする入り口の扉から、ひんやりとした冷たい空気も一緒に出入りする。
私の座った隣のテーブルでは、仕事仲間なのか黒のスーツを着た男女。
一台のノートパソコンを2人で眺めながら、男性がマウスを握り、横であーだこーだと女性が説明していた。女性が上司で、男性が後輩の図であることが、すぐに見て取れた。
男性がなかなかパソコンの扱い方を理解出来てないのか、女性は少し苛立ってる印象を受けた。別に会話を聞く気もなかった私は、効果音が鳴り響く程の勢いでPCを開き、仕事の準備に取り掛かった。その時だった。
え?衝撃が走った。私は女性を5度見。首の倍速ストレッチ。首がマジで取れる5秒前。ワンッツースリーフォーファイッ♪
エレベーターの中でシーンとなる、あの静寂の空気感に似たモノが周囲に3秒近く流れた。
事件現場にいた周囲の人間は、同じ事を確実に考えたのであろう、私は目が合い、なかやまきんにくんばりの微笑み会釈を交わす。今日はお天気がよろしいですね〜。そんな悠長な挨拶などしてる場合ではない。だがしかし、知らない人たちと突如生まれた一体感。
同じ画面から動こうとしない男性に対して、女性はマウスの中央に位置する、人差し指があたる突起の部分、もう一度言う。人差し指があたる突起の部分を動かして欲しいのだろう。部下の男性は、人差し指をなかなか動かそうとしない。スクロールしようとしない。ためらい、、、なぜ。
そしてついに女性上司が苛立ち、感情的になった咄嗟のアグレッシブかつ直線的なメッセージが、もうちょっと下をクリクリしてください!
え?いいの?クリクリしていいの?
なんてイマジネーション掻き立てる言葉であろうか。今夜は眠れそうにない。
擬音語は芸術の域だ。なんつっ亭🍜
いや、もしかしたら彼女の発言は時代の最先端を行くIT用語なのかもしれない。数年後には日常会話で、クリクリしてくださいが普通なのかもしれない。いや、それはないか。
喫茶店の帰り、私は彼女の言葉が頭の中でずっとこだましていた。
ふと空を見上げたら、今にも真っ白な雪が降りそうな空だった。
名言、ありがとうございました。