【新刊エッセイ】近藤史恵|作家デビュー三十周年に
作家デビュー三十周年に
近藤史恵
気が付けば小説家デビューしてから三十年経っていた。
わたしは二十四歳で新人賞を受賞したので、小説家になってからの人生の方が長いことになる。自分でもびっくりだ。
もう数える気にはなれないが、出した本は五十冊を超えると思う。連作短編集はそこそこ出しているが、連作ではない短編集は、この『ホテル・カイザリン』が二冊目だし、一冊目の『ダークルーム』(角川文庫)の刊行は十年前だ。著作の中では、多いとは言えない。
それでも、もしかすると、自分という小説家のいちばん核の部分は、シリーズものではない短編にあるのかもしれないと、ときどき思う。シリーズものでは、中心となる登場人物に対してあまりに意地悪だったり、残酷だったりする話を書くのは難しい。その点、続きを書かない短編ならば、自由に筆を躍らせることができる。
『ホテル・カイザリン』を読み返してみて思うのは、旅の話が多いということだ。モロッコ、ラトビア、パリ、それから表題作に出てくる現実逃避のために泊まる美しいホテル。旅はもちろん好きなのだが、それだけでなく、たぶん、わたしはここではないどこかへの憧れが人一倍強いのだろう。
今回は、アミの会という作家集団のアンソロジーに書いた短編も半数以上を占めている。アミの会での活動がなければ、このタイミングで短編集を出すこともなかったかもしれない。ぜひ、機会があればアミの会のアンソロジーも手に取ってみてください。
さて、この次にまた短編集を出す機会があるのか、ないのか。出せるとしたら、何年先なのか。完全に未知数である。それでも、今の時点のわたしの集大成となったので、気に入ってくださる人の元へ届けばいいなと思っている。
《小説宝石 2023年8月号 掲載》
『ホテル・カイザリン』あらすじ
他人のものばかり欲しがるあの子。いるはずのない住人の気配。甘やかに秘密を分かち合う二人の女。宿命的な死に蝕まれた村。言い訳はいらない。もう、とりつくろえない。隠された真実に気づかせてくれる珠玉の作品集。
著者プロフィール
近藤史恵 こんどう・ふみえ
1969年、大阪府生まれ。’93年『凍える島』で鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2008年『サクリファイス』で大藪春彦賞を受賞。著書に「元警察犬シャルロット」シリーズ、『それでも旅に出るカフェ』など。
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