詠坂雄二【エッセイ】新刊『5A73』に寄せて
【暃】ユーレイ文字をつかってみた!【なにこれ?】
幽霊文字の存在を知ったのは二十年くらい前、新聞のコラムでだったと思います。今、判明した経緯から察するに、そのずっと以前から「ねーんじゃねーかこんな字はよー」と問題視されていた文字たちについて、専門家による検証が済み、ひととおり結論が出揃ったあと、人口に膾炙しはじめたタイミングだったようです。
音や意味が不明な文字―ならたくさんあります。文字の歴史ではそれらの失伝は珍しくありません(たまたまそうならなかった文字を使ってるだけ、とさえ言えます)。しかし音や意味が最初からなかった文字となると稀。そういう文字は、作られる理由がそもそもないことになるからです。
規格化という合理的行いが生んだ幽霊文字を、当時俺は面白く感じたはずです。デビュー前で気力があったころですから、小説のネタにしようとも考えたでしょう。
でも書いた記憶はありません。
小説に落とし込むアイデアを思いつかなかったのか、書きはしたものの面白くならなかったのか。
覚えてるのは、文字をいちばん上手く使えるのは文芸だという自負と、しかし音がない以上短歌や俳句での扱いは難しい。あるとしたら小説だという確信です。きっと、いずれ誰か書くと考え、読者として読むことを楽しみにしようと問題をすり替え、忘れたんでしょう。
けれど、「幽霊文字の小説あれどうよ?」なんて問いを口にすることなく時は流れました。たまに幽霊文字に言及した文章や、固有名詞での使用を見かけることはありましたが、がっつり取り組んだ小説は読めずじまい。
そうなった理由が、今ならよく判ります。
幽霊文字は、今回使った暃以外にもいくつかあります。俺はもうこりごりですが、剛の者がどう料理するかには興味が残ります。志あるかたは使ってみてください。
《小説宝石 2022年8・9月合併号掲載》
▽『5A73』あらすじ
関連性不明の不審死の共通項は身体に残された「暃」の字。それは、存在しないにも拘わらず、パソコン等では表示されるJISコード「5A73」の文字、幽霊文字だった。刑事たちが、事件の手掛かりを探る中、新たな死者が……。この文字は一体何なんだ?
▽著者プロフィール
詠坂雄二 よみさか・ゆうじ
1979年生まれ。2007年、新人発掘プロジェクト「KAPPA-ONE」に選ばれ、『リロ・グラ・シスタ the little glass sister』でデビュー。著書に『遠海事件』『T島事件』『亡霊ふたり』などがある。