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尾崎英子|青春の呪縛からの解放  【エッセイ】新刊『たこせんと蜻蛉玉』に寄せて

尾崎英子|青春の呪縛からの解放


 十代の頃に聴いた音楽は、耳に残り続ける。音楽だけでなく、その頃に経験したことは、良くも悪くも記憶に残り続けるものだ。たとえ輝かしい時間だったとしても、そのまぶしさに胸が締め付けられ、それによって苦しめられることだってあるだろう。

 この物語の主人公にも忘れられない恋があった。シングルマザーの宇多津うたき早織さおり隅田川すみだがわの近くで不登校の息子と二人暮らし。死別した夫へのわだかまりを抱える一方で、高校時代に経験した恋の古傷をいやせずにいた。『元彼』である沢井さわい文也ふみやをSNSで見つけてフォローしているのは、とむらえないままの恋を引きずっているから。もっと言えば、四十二歳になった自分の現実からの逃避願望も入り交じっている。ひどく傷つけられたにもかかわらず、青春の呪縛から逃れられない。そんなある日、かつての恋の盤上に立っていた同級生、雨谷あまや尚美なおみと再会、早織は過去と向き合うことになるのだが……。

 冒頭の話に戻ると、十代に傷つき、傷つけられた経験は、思いのほか深く残る。だけど年を重ねただけ大人になると、その傷跡も含めて、今の自分なのだとわかることがある。

 ところで、タイトルにある「たこせん」だが、えびせんにたこ焼きを挟んだもので、関西ではよく知られたおやつだ。パリッとしたせんべいにたこ焼きを二個挟んで、ソースとマヨネーズを惜しみなく……。青春の舞台となる淡路島の、夏の浜辺で食べたたこせんの味が、主人公の早織には忘れられない。私も執筆中に食べたくなって、自家製たこせんを作ってみた。なかなかの出来だったが、早織が食べたもののほうがずっと美味しかったはずだ。あの時、あの場所で、あの人と食べたからこそ。

 本を閉じた後、それぞれの「たこせん」がよみがえるような、ノスタルジックな余韻を残すものに物語がなっていることを願う。

《小説宝石 2022年7月号掲載》


▽『たこせんと蜻蛉玉とんぼだま』あらすじ

夫と死別し、不登校の息子と暮らす早織。綱渡りのような日々を送るなか、早織には、淡路島ですごした高校時代の忘れられない恋があった。偶然の再会を機に、あの恋の結末にようやく向き合えた早織は―。傷つき、傷つけられた者たちへの赦しと再生の物語。

▽著者プロフィール

尾崎英子 おざき・えいこ
1978年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。2013年『小さいおじさん』でボイルドエッグズ新人賞を受賞しデビュー。著書に『有村家のその日まで』『竜になれ、馬になれ』『ホテルメドゥーサ』がある。


▽『小説宝石』新刊エッセイとは


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