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似鳥鶏【エッセイ】新刊『名探偵外来 泌尿器科医の事件簿』に寄せて

12月21日、似鳥鶏さんの新刊『名探偵外来 泌尿器科医の事件簿』が発売されました。刊行に合わせて寄稿いただいた著者エッセイを紹介します。


史上初の医療ミステリ

似鳥鶏

 断言しますが、小説家というのは全員ひねくれ者、というか天邪鬼あまのじゃくです。みんなが右を向けば左をちらちら見るし、みんなが林檎りんごを描けば自分だけ蜜柑みかんを……いや、突然変異により巨大化した人喰いトマトを描きたがります。林檎→蜜柑だとそれこそみんなが考えそうなので。

 仕方がないのです。周囲と同じことをやっていたら一番には絶対になれないし、それどころか「こいつ、どっかで見たようなものしか書かないな」と読者に見抜かれ、売れなくなって廃業する羽目になるので。だからテーマのあるアンソロジーなんか書かせた日にはもう大変。全員が「俺だけは変化球でいって目立ってやろう」と考えるものですから、結局全員変化球(※ストレートに見せてムービング・ファストボールを投げようとするやつもよくいる)。テーマを素直に解釈した作品が一つも来ず、編集者は頭を抱えることになります。ボケばかりでツッコミがいないお笑いみたいなものです。

 私もそんなひねくれ者のうちの一人なので、「医療もの」というテーマを前にした時、まず浮かんだのが泌尿器科と肛門科でした。これまで様々な医療ドラマが発表され、かなりマニアックな職種まで題材になっているのに、なぜかこの二つだけはほとんど書かれていないからです。

 ついでに言うなら「絶対ドラマ化できないやつをやってやろう」とも思っていました。どうも世間には、小説家は皆ドラマ化を目指している、と思っている人がいるからです(何を目標とするかは人それぞれです)。医療ものとなれば尚更なおさらそれを言われることが予想されたので、前述の天邪鬼がうずいたのでした。

 また、個人的には「小説でしかできないもの」を書きたいと思ってもいました。泌尿器科の悩みは他人に相談できないことが多く、そういう問題を描くのは小説がぴったりなのです。

《小説宝石 2023年1・2月号掲載》


▽『名探偵外来 泌尿器科医の事件簿』あらすじ

泌尿器科医・鮎川の外来には、羞恥心から嘘をついたり、人に言えない秘密を抱えた患者も多い。泌尿器科ならではの多様で不可解な謎……。元ヤンキーの看護師長、忍者のようなソーシャルワーカー、同期の救急科医など心強い仲間と一緒に病と事件の早期解決に挑む。

▽プロフィール

似鳥鶏 にたどり・けい
1981年、千葉県生まれ。2006年『理由わけあって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選しデビュー。近著に『夏休みの空欄探し』『小説の小説』がある。


▽『小説宝石』新刊エッセイとは


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