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【新刊エッセイ】佐々木 譲|目撃報告を書くように
目撃報告を書くように
佐々木 譲
かつてわたしは、SF掌編として、アメリカの放送局が過去を実況中継するシステムを開発したという設定の作品を書いたことがある。そのシステムが最初に送られたのはイエス・キリストの処刑現場の丘の上であった、と。
カメラではなく、大がかりなシステムなので、作動させるためには、巨大予算と人員が必要となる。そのため、スポンサーのつきやすい「人気のある歴史的局面」しか中継できない。ちょっと気に入っているアイデアの作品。
とまれ、同業者の多くはそうだと思うが、このように「歴史」を目撃したい、その場を体験したい、という願望が、かなり偏執的に強いはずだ。そうした作家は、やがて自分が行ってみたい時代、行きたい土地を、取材旅行や資料渉猟の果てに、物語世界の舞台としてしまうことになる(大富豪なら、歴史テーマパークを作ってしまうだろうが)。
一九三〇年代・満州も、わたしが目撃したいと強く願ってきた時代と土地のひとつである。
わたしは主人公たちを、とある手段を使って一九三〇年代の満州へ送り込んだ。その意味で本作は、タイム・トラベルものSF小説に分類されるのだろう。ただ、わたしには、その主人公たちのその場での体験を、レポートを書くように小説化したのだ、と主張したい気分がある。
前述したような偏執的な作家たちは、大脳の中に過去実況中継システムを、じつは作り上げている。そのシステムは、歴史のごく小さな断片的事実から、あっておかしくはなかった現実を「復元・再現」する。歴史のとある一点から、「その後」の可能性の提示もしてくれる。
だから作家は、その作品を書き出したとき、その物語が実在したことを信じている。
本作のタイトルが『時を旅する者』ではなく『時を追う者』となっていることにも意味がある。読者には、最終章まで読めば、タイトルの意味に納得してもらえることと思う。
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《小説宝石 2023年7月号 掲載》
『時を追う者』あらすじ
1949年、元破壊工作員の藤堂直樹は、歴史学者の守屋と物理学者の和久田から過去に時間を遡る手段を発見したと聞かされる。2人は直樹に驚くべき依頼をする。「過去に戻り、戦争を始めた者を排除して欲しい」。2人の男女を仲間に、直樹の時を遡る決死行が始まる!
著者プロフィール
佐々木 譲 ささき・じょう
1950年、北海道生まれ。1979年、オール讀物新人賞受賞の「鉄騎兵、跳んだ」でデビュー。1989年、『エトロフ発緊急電』で山本周五郎賞、日本推理作家協会賞ほかを受賞。2010年、『廃墟に乞う』が直木賞に。
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