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誉田哲也×宇田川拓也(ときわ書房)|『マリスアングル』刊行記念〈姫川玲子シリーズ〉を語り尽くすスペシャル対談

本誌連載から生まれた『マリスアングル』は、
誉田哲也氏デビュー20 周年作品&姫川玲子シリーズ第 10 作となる記念すべき最新長編。
今作も誉田氏ならではの読者を没入させるリアルな描写、
息をつかせぬストーリーテリングから目が離せない!

〈姫川玲子シリーズ〉最新長編『マリスアングル』の刊行を記念して、ジャーロだけの特別企画を実施! 著者の誉田哲也氏と、長らくシリーズを支えてくださった宇田川拓也氏を迎え、シリーズの歴史を繙きます。担当編集も交えたトークは当時の裏話や制作秘話にまで至り……。『マリスアングル』が更に楽しめるスペシャル対談をお楽しみください。
(聞き手・構成/編集部)
※作品の内容に関する記載は一部伏字にしています


警察小説と呼ばれるか分からなかった『ストロベリーナイト』

――『ストロベリーナイト』の刊行は2006年2月。当時の印象はいかがでしたか?

宇田川拓也(以下、宇田川) まず推薦コメントのお一人が、ときわ書房の地元・船橋出身である笹本稜平さん。そして既に『ジウⅠ 警視庁特殊犯捜査係』(初刊2005年12月)で誉田さんの警察小説を意識していたこともあって、『ストロベリーナイト』は女性刑事かと注目していました。店頭での動きも良く、文庫になってからはさらに加速しまして。出だしからかなり好調でしたね。

誉田哲也(以下、誉田) ありがとうございます。

宇田川 誉田さんの警察小説は、女性の方が手に取るんですよ。もちろん男性も手に取るんですけど、それ以上に女性の注目度が高くて、シリーズ初期の頃から女性のお客様がレジに持ってくるという印象が強いです。ベストセラーには、やはり女性の支持は欠かせません。

編集部・藤野哲雄(以下、編・藤) 当時、販売部から、女性の購入が半数、ともすると半数以上と報告を受けて、「警察小説では珍しいね」と社内でも話した記憶がありますよ。

宇田川 警察小説は、やっぱり男性読者が圧倒的に多いジャンル。カバーも黒ベースや、ダークなものが多いですからね。

編集部・鈴木一人(以下、編・鈴) 今でこそ「姫川玲子シリーズ」のような人物写真メインの警察小説カバーが増えましたけど、あの頃は珍しかったですよね。

誉田 当時の主流は、やっぱり銃とか、桜の代紋とかね。

編・鈴 そうです、そうです。とにかくそういうのが嫌だったので、『ストロベリーナイト』は僕がカバー写真を探したんです。当時の編集長も含めて、発売前から「この本を盛り上げなくちゃ」という雰囲気が部内全体に強くありましたから、カバーや帯にはかなりこだわりましたね。

『ストロベリーナイト』単行本。
カバー写真では、廃ビルの一室のような空間に女性が座り込んでいる

――誉田さんご自身は、どんな心持ちだったのでしょうか。

誉田 というか当時の僕は、自分の作品が警察小説と呼ばれるかどうかが分からないという状態だったんですよね。元々の特徴として、僕はホラー脳だったんです。

編・鈴 特に『ストロベリーナイト』はそういうテイストが感じられますよね。

誉田 デビュー作である『妖の華』(2003年)は、まず吸血鬼じゃないですか。次に賞を頂いた作品は『アクセス』(2004年)で、モチーフは違いますけど考えている回路はどちらもホラー的。その回路で『ストロベリーナイト』も書いたので、警察小説と認知されるのか分からなかったんですよね。僕としては認知してほしかったんですけれど。

 それでも、最初に「姫川玲子シリーズ」の「過ぎた正義」(『シンメトリー』収録)が世に出て、それを読んだ中央公論新社の編集者さんが「うちでも警察小説を」と声を掛けてくださって『ジウⅠ』が刊行されることになり。その頃には『ストロベリーナイト』も準備ができていたので、バババッと二人三脚のように「ジウ」と「姫川玲子」のシリーズが動き出して、急に警察小説を書く人として受け入れられた感覚がありました。でも僕が天邪鬼なんですかね、そうなってくると「警察小説ばっかりはまずいな」と思って、今度は文藝春秋さんで『武士道シックスティーン』(2007年)という剣道小説を書かせてもらうという(笑)。

編・鈴 そういう流れによるものなのか、当時誉田さんのキャッチフレーズにはブレがありましたね。『ジウⅠ』が文庫化される際、中央公論新社の担当さんは「『武士道シックスティーン』の誉田哲也」って書こうとしたらしいんですよ。その時点では『武士道~』のほうが売れていたから。

編・藤 でもその年の秋に『ストロベリーナイト』の文庫が出てすごく跳ねたんですよね。

編・鈴 中公さんは焦ったはずですよ。「売り方やキャッチフレーズを考え直さねばならないぞ」と(笑)。

編集・貴島潤(以下、編・貴) 『ストロベリーナイト』で書店回りをさせてもらった時には、店頭に『ジウ』の誉田さん等身大パネルがあったりもしましたね。

誉田 等身大というほど大きくはなかった気もしますが(笑)。

編・貴 行く先々にパネルがあるから、すごく売り込みがしやすかったです。『ジウ』と『ストロベリーナイト』は、当時からとてもいい協調関係にあったんじゃないかと思いますね。

編・鈴 『ストロベリーナイト』の盛り上がりに関しては、有隣堂の名物書店員だった梅原潤一さんによるプッシュが凄く大きかったです。宇田川さんは、生前の梅原さんと交流はあったんですか?

宇田川 それほど密なお付き合いはありませんでしたが、何度かお話したことがあります。梅原さんらしい鋭い話し方をされるので、お会いすると、僕のほうは常に「あ、すみません」と返すみたいな関係で(笑)。愛のムチというんでしょうか。今でもどこかで会えるんじゃないかと、そんな気がしてしまいます。

誉田 そうですよねえ。

宇田川 いまだに受け入れられないというか。愛すべき方でした。

編・鈴 『ストロベリーナイト』だけでなくシリーズ全てが、書店さんに盛り上げていただいたという印象が強いですね。

シリーズ第1作『ストロベリーナイト』(単行本2006年、文庫2008年)

『ソウルケイジ』『シンメトリー』までがシーズン1

――続くシリーズ第2作が『ソウルケイジ』です。

宇田川 個人的に印象深い一作が『ソウルケイジ』なんです。「父親」というテーマが自分に刺さるというのもありますし、この作品には、読んでいるととにかく「痛い!」シーンがあるんですよ。

誉田 あのシーン、実は最初に編集部にお見せした原稿からは外していたんです。『ストロベリーナイト』に続いて刊行する作品で、次作も過激すぎるのはどうなんだろうと思って、書いてはいたもののパートごと抜いていて。でも編集部と相談を進めるうちに、ひょんなことから「実はカットしたパートが……」と明かすことになり、結局復活しました。

宇田川 復活してくださってよかったです! あのシーンは衝撃的で、まさに読んでいて歯を食いしばりましたよ。

シリーズ第2作『ソウルケイジ』 (単行本2007年、文庫2009年)

――3作目の『シンメトリー』は短編集ですが、この長編、長編、短編集のセットで1シーズンなんですよね。

誉田 そうですね。結果的にこのシーズン制を繰り返しています。『ストロベリーナイト』『ソウルケイジ』と単行本を刊行して、その間に短編を書き溜めておくと、日常的な物語や過去の事件も取り上げることができるので、これはいいバランスだなと。やっぱり、長編みたいな事件が毎週起こるんじゃ困るんですよ(笑)。作品世界のリアリティを担保するためにも短編集は挟みたいですね。

宇田川 本当にいいテンポですよね。長編ならではの面白さを楽しんだ後で、そこでは映し切れなかったキャラクターの内面を短編集で見せていただいて。そういった奥行きが、500万部超えというセールスにもつながっているのかなと思います。

編・鈴 『シンメトリー』で遂に姫川玲子のキャラクターがよく見えてきた感覚はありました。それまでは正直手探りだった部分もありますが、『シンメトリー』単行本の帯には、「この女、骨の髄まで刑事。」というコピーを書いて。彼女とシリーズの見せ方が定まりました。

シリーズ第3作 『シンメトリー』(単行本2008年、文庫2011年)

映像化も話題になった『インビジブルレイン』『感染遊戯』

――『インビジブルレイン』は、映画「ストロベリーナイト」の原作です。執筆前から映画化は決まっていたのでしょうか。

誉田 執筆当時はまだ決まっていませんでしたね。映画が公開される直前に『ブルーマーダー』が出たくらいで。映像化のお話を頂く前に『感染遊戯』まではもう刊行されていたんですよ。なので『感染遊戯』収録のエピソードまでが、ドラマ版で演じられています。あの頃はもう、お祭り騒ぎという感じでしたね。

宇田川 『インビジブルレイン』はシリーズの中でも、最大級の衝撃的な展開でした。読んだ全員が「えー! このあと、一体どうなってしまうんだ?」と声を上げたに違いありません。しかも、これが映画になるというんですから。

誉田 『インビジブルレイン』は、まず和田さんが窮地に陥る物語を書きたいと思っていて。そして姫川班も解体され、捜査一課もガタガタになっていく……という話を書こうと考えました。だから、ヤクザも出てくれば、過去にまつわる話もあったり。執筆途中に別の作品の作業が入って、すんなり書下ろしができなかった記憶もありますね。

編・鈴 『インビジブルレイン』は、菊田に対する誉田さんの評価が落とし込まれたことに驚いた作品でもありました。「菊田に玲子は受け止めきれない。無理ですよ」と。とはいえ、菊田は読者にかなり支持されているキャラクターです。この支持の大きさは想定外だったのでは?

誉田 「菊田がかわいそう」という声はしばしば聞きましたね。僕としては、当初から菊田を「いい男」役には設定していなかったんですけど。
――でもドラマのキャスティング(菊田和男役は西島秀俊)で、余計に菊田支持が高まりましたよね。

誉田 そうそう。キャスティング案を伺った時には思わずツッコミを入れたくなりましたね。「いや、この菊田じゃいい男すぎて玲子と付き合っちゃうじゃん。なんなら今泉さんでも、誰と付き合ってもおかしくないじゃん」って(笑)。(今泉春男役は髙嶋政宏)

シリーズ第4作 『インビジブルレイン』(単行本2009年、文庫2012年)

――『マリスアングル』の刊行を機に、姫川玲子シリーズから離れて、関連作として数えられるようになった『感染遊戯』ですが、順番的には『インビジブルレイン』の次の刊行ですね。

誉田 余談ですが、『感染遊戯』って英訳しようとすると「インフェクションゲーム」なんですよ。つまりカタカナタイトルで考えると、二作品続けて「イン」から始まることになってしまう。イン、イン……になるんです。そこで、この作品は初めて漢字タイトルになっているんですよね。勝俣が主役の、玲子シリーズとは別枠作品だって言うためには漢字タイトルもいいかなと。

編・鈴 打ち合わせの時に「あれ? イン、イン……って」と驚いて。漢字タイトルにして良いのかは結構迷いました。

宇田川 漢字四文字のカチッとした印象で、締まりがあっていいと思います。

――宇田川さんは、勝俣の活躍はどうお読みになられていますか。

宇田川 ものすごくアクの強い人物ですが、このシリーズには欠かせないキャラクターですよね。たまたまなんですが、先日、阿津川辰海さんがお店に来てくださいまして。「今度誉田さんと対談を……」なんて話していた時も、ちょうどガンテツの話になりました。そこで二人の意見が揃ったのが、「ガンテツが出てくると、もう武田鉄矢さんの姿でしか脳内映像化できないよね」ということ(笑)。『マリスアングル』を読んでいる時にも、武田さんのイメージが浮かんできました。

誉田 ドラマ化していただいた後、意識しているつもりではないんですけど、ガンテツを描く時には「勝俣がさして長くもない足をこうして……」みたいな描写をしてしまって。

編・鈴 たしかに、ガンテツの短足描写が途中から増えましたね(笑)。

シリーズ関連作 『感染遊戯』 (単行本2011年、文庫2013年)

殉職嘆願が届いた!?『ブルーマーダー』

編・鈴 『インビジブルレイン』では玲子も悲しい目に遭って姫川班も解体し、何より菊田に同情する声が凄く高まりました。そんな菊田票が集まったところで、誉田さんと相談して〝裏切った〟のが『ブルーマーダー』ですよね(笑)。

誉田 やはり菊田は本来、普通の安らぎを求める男だと思ったんですよ。だから『ブルーマーダー』で梓のような女性と結婚するのも意外ではなくて。安らげないもん、玲子さんと一緒にいたら(笑)。たとえば家に帰ってさ、ピンクのチェックのエプロンとか着けて「すぐ食事できるからね」とか言いそうにはないですよ、玲子さんは。むしろ数日ぶりに帰宅して、家電の上の埃を指で掬って確かめ、それでも「あ、私すぐまた出なきゃ」って出て行っちゃうのが玲子さんですから。

 菊田の奥さんの梓って、最近文庫化された『もう、聞こえない』(幻冬舎文庫)に女性刑事として登場していますけど、「梓って意外といい人なんですね」という感想を頂いて驚きましたよ。そもそもそんなに悪い人物として書いたつもりはないですから(笑)。

宇田川 読者から敵視されているキャラクターなんですね。

編・鈴 『ブルーマーダー』の刊行後に、書店員さんとの懇親会をさせていただいたんですが……。

誉田 女性の書店員さんから「次作で梓を殉職させてくれ」って言われましたから。登場したと同時に死んでくれって言われるって、そんなに恨まれるほどの事かと(笑)。

編・鈴 除名じゃなくて殉職嘆願ですからね。

編・藤 うちの社員も読んで泣いたと言っていました。「菊田にこれ以上幸せになってほしくない」っていう理由で(笑)。

誉田 いや、『インビジブルレイン』の時に読者もみんな、菊田には玲子は無理だと思ったはずで。にもかかわらず……な感想をたくさんいただきましたね。

編・鈴 編集部からも、菊田の立ち位置に決着をつけてほしいというのは誉田さんにお話しした気がします。でも、この形を僕が要望したわけではないので、菊田の結婚に対しての不満は全部誉田さんに……(笑)。

シリーズ第5作 『ブルーマーダー』 (単行本2012年、文庫2015年)

『インデックス』で『ルージュ 硝子の太陽』の下準備を

編・鈴 『インデックス』の執筆にあたっては、姫川玲子捜査一課復帰までの話になると誉田さんが仰っていましたね。

誉田 光文社の「玲子シリーズ」と中央公論新社の「ジウサーガ」のコラボレーションで、『硝子の太陽』を二作品同時刊行する構想が結構前からあったんですよね。だから、そこまでにそれぞれのシリーズでできることを準備しておこうと思って。版元をまたいだコラボレーションや同時刊行というのはよくあるんですか?

宇田川 記憶の中ではほとんど無い気がします。やはり珍しいことです。ただ書店としては、もうお祭りです! 新刊が出る時こそが既刊の売り時ですが、並べる理由があって、二つのシリーズを大きく並べられるわけですから。これを機に新規のお客様にも手に取っていただけるのは何より嬉しいことです。

誉田 そういった意味では、『硝子の太陽』や「玲子シリーズ」を入口に「ジウサーガ」を、というお客さんが増えたような気がしますね。

編・鈴 ちなみに『インデックス』を刊行する時には、宣伝部と相談して、「日本で一番有名な女性刑事、その軌跡」という宣伝文句を書いたんですよ。姫川玲子に並び立つ女性刑事はいないはずだ、誰かに反論されることはないだろうと考えて。

宇田川 たしかに女性刑事でパッと浮かぶ人物といえば、当時はもう姫川玲子でしたね。

誉田 そうですか。それはありがたいです。

宇田川 名探偵といえばシャーロック・ホームズみたいな感じで、女性刑事といえば姫川玲子でしょう、という感覚ですね。

シリーズ第6作 『インデックス』(単行本2014年、文庫2017年)
シリーズ第7作 『ルージュ 硝子の太陽』(単行本2016年、文庫2018年)

ワクワクする警察小説としての『ノーマンズランド』『オムニバス』

――続く作品が『ノーマンズランド』、そして最近文庫化された『オムニバス』です。

誉田 『ノーマンズランド』では○○問題を扱っていますが、この問題とは別のオチをつけなくちゃいけないことが課題でした。『硝子の太陽』以降、作品に政治的なモチーフが入ってくるようになりましたが、○○問題は未だ解決しない問題の一つです。風化させちゃいけないし、無関心になってはいけない。知っている人は思い出してほしいし、知らない人には知ってもらうきっかけになってくれたらいいですね。

編・鈴 「姫川シリーズ」は「ジウサーガ」ほど、ポリティカルな小説にしない方が良いのではと考えています。モチーフが硬い物語であっても、「姫川シリーズ」はワクワクする警察小説として演出した方が良いだろうと。実際『ノーマンズランド』も、姫川玲子に捜査できる事件を起こさないと、そもそも○○問題にリーチできないので、そこはすごく考えていただきましたね。

 そして『硝子の太陽』『ノーマンズランド』と、姫川玲子の弱さがクローズアップされた印象があったので、『オムニバス』単行本のコピーには「立ち止まるな、姫川玲子」と書いたんですよ。

宇田川 なるほど。『オムニバス』は、『ノーマンズランド』を読んで、結局あのエピソードはどうなったんだろうという部分がちゃんと解決されているのも面白かったですね。

――シリーズの繋がりを感じさせる展開ですよね。

誉田 モチーフは仕方ないとはいえ、発端となった事件も一作では解決しなかったわけですから、何も解決していない物語ですね。『ノーマンズランド』は(笑)。

シリーズ第8作『ノーマンズランド』(単行本2017年、文庫2020年)
シリーズ第9作『オムニバス』(単行本2021年、文庫2023年)

最新作『マリスアングル』には魚住久江が加入

宇田川 『ノーマンズランド』同様、『マリスアングル』も事件の発端がユニークでした。後のスケールに対して、起点はそうは見えないようになっている。冒頭で監禁されていた人物が実は……という意外な展開も面白かったですね。捜査小説といっても、さすが誉田さんは飽きさせない作り方をされるなあと。

 そして何といっても魚住さんの回なので。彼女がどう姫川を見るのか、十一係を見るのか楽しくてしょうがなかったですね。ニヤニヤしながら読んでしまいました。

誉田 僕自身も、玲子と久江がばっちり噛み合っちゃうのは面白くないだろうと思っていて。かといって、勝俣だったり、日下だったり、玲子と合わない人は既にいたわけで。久江は、彼らほど嫌われやすい人物でもないから、普通にお互い探りあいをしていくだろうと。玲子の方も久江への印象はいい方なので、嫌味なおっさんと同じような付き合い方はしないだろうなと色々考えながら描きましたね。二人の関係が進んでいく様子は書いていて楽しかったです。

 事件の背景には×××が登場しますが、今回はそんなに政治的な話を持ってくるつもりはなかったんですよ。最初は本当に、玲子と久江を描くことだけをメインに考えていたので。

――執筆前、監禁というキーワードは誉田さんの中におありでしたよね。

誉田 そうそう、監禁ものをやろうというのは最初からあって。それがいつからこんなことになってしまったのか僕にも分からないですね(笑)。

宇田川 読む側としては、×××を中心に執筆されたのかと思っていたので、あとから加わったモチーフだと知って、びっくりしました(笑)。

 魚住さんのシリーズはこれまで二作品ありますから、誉田さん読者からすると、「ジウサーガ」との時のように、魚住シリーズがどこかで姫川シリーズとクロスオーバーするのかなとは想像していたんです。ところが、まさか上司と部下になるとは思いませんでした。二人を一緒の班にしようという構想はいつからおありだったんですか。

誉田 随分前ですね。久江のシリーズは元々新潮社さんから刊行していましたが、その頃に『硝子の太陽』があったんですよね。「ジウ」と「玲子」シリーズがクロスオーバーするんだったら、久江と玲子もいつかは一緒にやるかもしれないという思いが当時からありました。それから宝島社さん刊行の『誉田哲也All Works』(2012年)というファンブック内のインタビューでも、作品の時間設定について聞かれて「全作品の時間軸は統一してあるので、いつ、どの作品を付けあわせても整合性が取れるようになっています」という話をしたんです。

宇田川 覚えてます、覚えてます。

誉田 その時に、久江と玲子の共演はあるか、という話も聞かれたんじゃないかな。

宇田川 確かにありましたね。

誉田 当時は既に『硝子の太陽』の企画も考えていたので、内心では「実は久江とじゃないんだよな。玲子シリーズと共演するのはジウのほうなんだよな」って思いながら答えていたんですけどね(笑)。

 その後、光文社さんも久江のシリーズを気に入ってくれて、二次文庫としてお引っ越しをすることになりまして。そうすると、放送局が移ったというか、権利関係がね……。

宇田川 壁が取り払われたと(笑)。

誉田 そうとも言えますね。上司と部下という関係について言えば、久江が昇任試験に受かって、練馬署からどこかに移って、そして本部に呼ばれる……という流れであれば、久江も警部補になるので、玲子と同じ警部補同士。でも、日野さんが居なくなった席に久江がやってくる方が、すっとしていていいかなと思ったんです。というか、久江が来るから、日野さんはそろそろ異動だなと考えたのかもしれません(笑)。久江自身、本部異動を断わり続けたくらいですから、別に階級を上げたいとは思ってもいないでしょうし。久江と玲子の間で、年齢と階級の逆転現象はあった方が面白いのかなというのも考えましたね。

宇田川 姫川シリーズの新しい風というのは、こう吹くんだなと新鮮でした。

編・藤 心機一転の姫川班ですが、玲子自身はどうなっていくのか、彼女にとっての幸せは何なのか、というのは今後も気になるところですね。

誉田 そう、幸せというのがすごく難しくて。まあ、菊田ではないという結論は既に出てしまっているんですが、じゃあ何であれば、どんな形であれば幸せが実現されるのかというのは、僕の中でも十数年考え続けていることです。それが『マリスアングル』の中には少し現れているかもしれません。

編・鈴 玲子にとっての幸せってきっと、誰かとの恋愛が成就するというだけでは成立しないんですよね。そこが語られる……というだけであれば、ネタバレにならないでしょうか。

宇田川 今はまだ、姫川自身に戸惑いがあるというか、知らない自分に気づくというか。

誉田 たとえば作家デビューでもそうだし、そうなってみたら思ってたのと違うことって、どんなケースでもあるじゃないですか。まさに玲子もそういう時期なんじゃないかと思います。彼女自身の過去を語るほどまで行くかどうかは別にして、相談できる相手が登場したというのは、シリーズを引っ張っただけあったかなと。

宇田川 それで言うと、武見さんとの距離が縮まって、魚住さんも来て、姫川の味方になる人物が増えてくると、私としては、これは何か衝撃的な展開の前触れではないかと考えてしまうんですが……(笑)。

編・鈴 最初に殉職した佐田さんから、大塚、牧田あたりの人物像から考えていくと、物語的には玲子の内側に踏み込んだ人から何かが起こるかも……。

誉田 もし玲子に過去のことを告白されたら、その人はヤバいですね。聞かない方がいい(笑)。

宇田川 魚住さんと姫川の距離が縮むのかどうか、楽しみのような心配のような複雑な心境です……。

誉田 ぜひシリーズ次作も期待いただければ。僕自身も、久江と玲子の二人を一緒の作品に入れてみて、意外な発見もありました。書いている途中には「これでいいのかな」と迷う部分もありましたが、期待以上のものを久江が持ってきてくれた、という感触があります。そして、意外と気に入っているのが、今回新たに登場した反町君ですね。彼とのやり取りの中で、玲子の成長を感じることもありましたし、そういった部分も含めて読者の皆さんに楽しんでいただければ嬉しいです。

宇田川 『ノーマンズランド』同様、『マリスアングル』も事件の発端がユニークでした。後のスケールに対して、起点はそうは見えないようになっている。冒頭で監禁されていた人物が実は……という意外な展開も面白かったですね。捜査小説といっても、さすが誉田さんは飽きさせない作り方をされるなあと。

 そして何といっても魚住さんの回なので。彼女がどう姫川を見るのか、十一係を見るのか楽しくてしょうがなかったですね。ニヤニヤしながら読んでしまいました。

誉田 僕自身も、玲子と久江がばっちり噛み合っちゃうのは面白くないだろうと思っていて。かといって、勝俣だったり、日下だったり、玲子と合わない人は既にいたわけで。久江は、彼らほど嫌われやすい人物でもないから、普通にお互い探りあいをしていくだろうと。玲子の方も久江への印象はいい方なので、嫌味なおっさんと同じような付き合い方はしないだろうなと色々考えながら描きましたね。二人の関係が進んでいく様子は書いていて楽しかったです。

 事件の背景には×××が登場しますが、今回はそんなに政治的な話を持ってくるつもりはなかったんですよ。最初は本当に、玲子と久江を描くことだけをメインに考えていたので。

――執筆前、監禁というキーワードは誉田さんの中におありでしたよね。

誉田 そうそう、監禁ものをやろうというのは最初からあって。それがいつからこんなことになってしまったのか僕にも分からないですね(笑)。

宇田川 読む側としては、×××を中心に執筆されたのかと思っていたので、あとから加わったモチーフだと知って、びっくりしました(笑)。

 魚住さんのシリーズはこれまで二作品ありますから、誉田さん読者からすると、「ジウサーガ」との時のように、魚住シリーズがどこかで姫川シリーズとクロスオーバーするのかなとは想像していたんです。ところが、まさか上司と部下になるとは思いませんでした。二人を一緒の班にしようという構想はいつからおありだったんですか。

誉田 随分前ですね。久江のシリーズは元々新潮社さんから刊行していましたが、その頃に『硝子の太陽』があったんですよね。「ジウ」と「玲子」シリーズがクロスオーバーするんだったら、久江と玲子もいつかは一緒にやるかもしれないという思いが当時からありました。それから宝島社さん刊行の『誉田哲也All Works』(2012年)というファンブック内のインタビューでも、作品の時間設定について聞かれて「全作品の時間軸は統一してあるので、いつ、どの作品を付けあわせても整合性が取れるようになっています」という話をしたんです。

宇田川 覚えてます、覚えてます。

誉田 その時に、久江と玲子の共演はあるか、という話も聞かれたんじゃないかな。

宇田川 確かにありましたね。

誉田 当時は既に『硝子の太陽』の企画も考えていたので、内心では「実は久江とじゃないんだよな。玲子シリーズと共演するのはジウのほうなんだよな」って思いながら答えていたんですけどね(笑)。

 その後、光文社さんも久江のシリーズを気に入ってくれて、二次文庫としてお引っ越しをすることになりまして。そうすると、放送局が移ったというか、権利関係がね……。

宇田川 壁が取り払われたと(笑)。

誉田 そうとも言えますね。上司と部下という関係について言えば、久江が昇任試験に受かって、練馬署からどこかに移って、そして本部に呼ばれる……という流れであれば、久江も警部補になるので、玲子と同じ警部補同士。でも、日野さんが居なくなった席に久江がやってくる方が、すっとしていていいかなと思ったんです。というか、久江が来るから、日野さんはそろそろ異動だなと考えたのかもしれません(笑)。久江自身、本部異動を断わり続けたくらいですから、別に階級を上げたいとは思ってもいないでしょうし。久江と玲子の間で、年齢と階級の逆転現象はあった方が面白いのかなというのも考えましたね。

宇田川 姫川シリーズの新しい風というのは、こう吹くんだなと新鮮でした。

編・藤 心機一転の姫川班ですが、玲子自身はどうなっていくのか、彼女にとっての幸せは何なのか、というのは今後も気になるところですね。

誉田 そう、幸せというのがすごく難しくて。まあ、菊田ではないという結論は既に出てしまっているんですが、じゃあ何であれば、どんな形であれば幸せが実現されるのかというのは、僕の中でも十数年考え続けていることです。それが『マリスアングル』の中には少し現れているかもしれません。

編・鈴 玲子にとっての幸せってきっと、誰かとの恋愛が成就するというだけでは成立しないんですよね。そこが語られる……というだけであれば、ネタバレにならないでしょうか。

宇田川 今はまだ、姫川自身に戸惑いがあるというか、知らない自分に気づくというか。

誉田 たとえば作家デビューでもそうだし、そうなってみたら思ってたのと違うことって、どんなケースでもあるじゃないですか。まさに玲子もそういう時期なんじゃないかと思います。彼女自身の過去を語るほどまで行くかどうかは別にして、相談できる相手が登場したというのは、シリーズを引っ張っただけあったかなと。

宇田川 それで言うと、武見さんとの距離が縮まって、魚住さんも来て、姫川の味方になる人物が増えてくると、私としては、これは何か衝撃的な展開の前触れではないかと考えてしまうんですが……(笑)。

編・鈴 最初に殉職した佐田さんから、大塚、牧田あたりの人物像から考えていくと、物語的には玲子の内側に踏み込んだ人から何かが起こるかも……。

誉田 もし玲子に過去のことを告白されたら、その人はヤバいですね。聞かない方がいい(笑)。

宇田川 魚住さんと姫川の距離が縮むのかどうか、楽しみのような心配のような複雑な心境です……。

誉田 ぜひシリーズ次作も期待いただければ。僕自身も、久江と玲子の二人を一緒の作品に入れてみて、意外な発見もありました。書いている途中には「これでいいのかな」と迷う部分もありましたが、期待以上のものを久江が持ってきてくれた、という感触があります。そして、意外と気に入っているのが、今回新たに登場した反町君ですね。彼とのやり取りの中で、玲子の成長を感じることもありましたし、そういった部分も含めて読者の皆さんに楽しんでいただければ嬉しいです。

誉田哲也(ほんだ・てつや)
1969年、東京都生まれ。『ストロベリーナイト』に始まる〈姫川玲子シリーズ〉をはじめ、作風は多岐にわたり、映像化作品も多い。近著は『妖の絆』『ジウX』。

宇田川拓也(うだがわ・たくや)
1975年、千葉県生まれ。2000年、ときわ書房入社。ミステリファンも別格と評する同店を牽引する、書籍のスペシャリスト。書評や解説執筆も多数。

(おわり)
《ジャーロ No.91 2023 NOVEMBER 掲載》


『マリスアングル』あらすじ
塞がれた窓、防音壁、追加錠……監禁用に改築された民家で男性死体が発見された。姫川玲子が特捜に入るも、現場は証拠が隠滅されている。犯人はなんの目的で死体を放置したのか――。魚住久江が合流し、姫川班が鮮烈な進化を遂げるシリーズ第10作!

最新情報はこちらから▶〈姫川玲子シリーズ〉公式サイト


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