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【新刊エッセイ】真門浩平|推理する小学生


推理する小学生

真門浩平

 小学生のとき、短い期間アメリカに住んでいたことがあります。現地の学校ではお弁当の中身を交換するのが流行っており、クラスに一人、ぼくの持参したおにぎりをいつも欲しがるアジア系の少年がいました。妙に印象に残っているのが、交渉時のやりとりです。ぼくが少年の弁当箱からめぼしいおかずをいくつか指定すると、彼は毎度「That’s a rip-off!」と連呼してから交換に応じるのでした。「rip」が「破る」の意であることから類推し、どうやら彼は「破格の取り引きだ!」というような感激を表現しているらしい、と当時のぼくは解釈しました。おにぎり一個にそれほどの価値を見出してくれることに驚くとともに、世界に通用する日本の食文化を、子供ながらに誇らしく思ったものです。

 最近になって、ふと耳に蘇った「rip-off」なるフレーズを、ネットで検索してみようと思い立ちました。画面に「略奪」という二文字が現れるなり、背筋を冷たい汗が流れました。「That’s a rip-off!」は「ぼったくりだ!」という意味だったのです。小学生の頃からの認識が、十年以上の時を経て百八十度反転する稀有な瞬間でした。もう会うことのできないあの少年には、せめて心の中で謝りたいと思います。

 さて、この度刊行させていただく『バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵』は、あの頃の無知なぼくよりもずっと賢い小学生たちが活躍する連作短編集になります。愛好してきた本格ミステリというジャンル特有の知的興奮―二転三転する議論に振り回される楽しさや、「まさか」と声を上げたくなる驚き―を、自分なりに濃縮して詰め込んだ一作です。同時に、「そういった推理小説的な理屈っぽさを、本来は混沌としている小学生の世界に持ち込んだら?」というファンタジーでもあります。

 ちぎり落とされた桜の葉、消えたフィギュア、雪上の奇妙な足跡、密室殺人。エスカレートする双子の推理合戦は、日常から逸脱してどこへ行き着くのか。冬のお供にぜひ、見届けていただけましたら幸いです。

《小説宝石 2024年1月号 掲載》


『バイバイ、サンタクロース 麻坂家の双子探偵』あらすじ

特別に優秀な児童が通う帝都小学校で、群を抜く知能を持つ双子の兄弟、圭司と有人。刑事を父親に持つふたりはミステリが大好きで、身の回りに起こったさまざまな謎に挑戦する。桜の葉は何故ちぎり落された? 雪上の奇妙な足跡の鍵を握るのはサンタクロース? 密室殺人現場からの脱出経路は? トリック解明にロジカルに迫る圭司と、犯人の動機や非合理な行動に興味を持つ有人。6年生の冬、そんなふたりの運命を大きく変える事件が待っていた――

著者プロフィール

真門浩平 まもん・こうへい
1999年、アメリカ合衆国生まれ。東京都在住。東京大学大学院情報理工学系研究科在学中。2022年、「ルナティック・レトリーバー」で「第19回ミステリーズ!新人賞」受賞。本作が初単行本となる。

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