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澤田瞳子『赫夜』×薬丸岳『籠の中のふたり』刊行記念対談!|聞き手:ブックジャーナリスト 内田剛


薬丸岳×澤田瞳子 特別対談!!
2024年7月下旬、『赫夜』(光文社)と『籠の中のふたり』(双葉社)が発売された。直木賞作家・澤田瞳子と江戸川乱歩賞作家・薬丸岳の待望の新作である。手書き原稿630枚プレゼント(薬丸)と全冊(約1万冊)直筆サイン本(澤田)。
人気と実力を兼ね備えた2人が挑んだ販売促進プロモーションは、出版業界のみならず読書ファンたちを大いに驚かせた。パワフルにして前代未聞の試みの裏側と、出版や書店に対するそれぞれの想いを聞いてみた。
聞き手:ブックジャーナリスト 内田剛

対談の様子

澤田さんは直筆サイン本ですね。いったい何冊書きましたか。
澤田 すべての本に、ですから約1万冊ですね。文字数は「澤田瞳子」の4文字×1万=4万字ですから、原稿用紙でいくと100枚。大したことはないですよ(笑)。

いやいや、大変なことです。『赫夜』の最後のページに、「全冊サインに寄せる著者の言葉」があって、メッセージを書店だけでなく読者にも発信していますね。書店はいま経営的に苦しい。そんな中でも転売ヤーの問題には書店員も非常に頭を悩ませています。これは、澤田さんにとっても非常に大きな問題だったんですね。
澤田 私、書店さんに育ててもらったという思いがすごく強いので。子供の頃から本屋さんが好きでしたし、作家になって思うのは、作家だけが儲けられるビジネスモデルにはしたくなくて。私は、出版社さんも、取次さんも書店さんも、あと図書館も、みんなで一緒にひとつの「読書」という船を守りたいと思っています。

この企画というのは、澤田さんからのご提案なのでしょうか。
澤田 はい。私からです。ぜひこれをやらせてくださいとお願いしました。怒られるかなと思いながらも(笑)。やはりサイン本が欲しいって言ってくださる方、たくさんいらっしゃるんですけれど、特に私の場合は、読者さんに高齢の方が多いので、地元の書店さんで買いたいと言ってくださる方がいらっしゃるのですが、オンライン販売では、なかなかネットを見ない年配層の世代には全然届かないんです。

なるほど。世代の問題ですね。
澤田 転売そのものではなくて、本は付加価値をつけて勝手に転売してもいいんだと思われたくない。だって本は誰でも手に取れるものである。図書館でも書店でも平等であってほしいという思いが本当に強かったんですよ。だったらもう全部書いてしまおうと思いました。

やはり本の良さのひとつは、どこでも同じ値段で買えるということですね。
澤田 今、なかなか他の商品で、そういうものはないじゃないですか。映画ですら見る人によって、場所によって料金が違う。でも、やはり本だけは最後の砦だと思うんです。

こうした前例がない取り組みを出版社に提案したとき、反応はいかがでしたか。
澤田 デザインや製作、取次と書店、スケジュール調整など、問題点を洗い出してもらって、実現できるように各方面に調整をいただきました。本当にありがたいです。

提案からどれぐらいの時間がかかりましたか。
澤田 アイデアは1年くらい前ですね。そこからかなり遅れてしまいました。言い訳をしますと平安時代ブームが来るとは思わなかったので、刊行予定も全部ひっくり返りました。NHK大河ドラマ放映の最中に全冊サイン本を書くという話を言い出してしまったせいで、ご迷惑をかけました。
 

澤田さんは賞にも恵まれていてさまざまな作品を書かれている中で『赫夜』だからこそチャレンジ企画をしてみたい。全冊サイン本にしたい思いが強かったのですね。
澤田 そうですね。私の作品は比較的平安時代をテーマにしたものや、ニッチな作品が多い中で、『赫夜』は結構、全国規模な話題ですので、ここでお願いしたいと思っておりました。

『赫夜』は「富士山」という特別なテーマですが、執筆のきっかけを教えてください。
澤田 私はいつも知らないことを知りたいんです。富士山は関西人からすると遠いんですよ。関東人は富士山が大好きですよね。

関東は実際に富士山が見られますから。世界的にも大人気ですね。
澤田 そうですね。これを書いている最中に、こんなに富士山が外国の方に人気になるとは。でも、私は歴史をずっと書いてきて、かつては過去のことをただ書いていればいいと思っていましたが、今回書いていて強く思ったのは、かつて起きたことは本当に今起きるということです。

時代、歴史小説を読むことは、今とこれからを知ることですね。
澤田 しかもロシアのウクライナ侵攻まで始まって。

戦争の話も出てきますね。
澤田 さらに地震も起きる。富士山噴火はずっと前から言われてますけれど、もう起きないってみんな頭のどこかで思ってるんじゃないでしょうか。

今年は能登の地震という天変地異から始まりましたね。
澤田 はい。それで中央が地方に対してもっと積極的に救援活動や復興などをやるかと思ったら、例えば道路工事やインフラの整備なんてすごく遅れていますよね。

いまだに変わらないそうですね。
澤田 自分の小説を読むと、本当にかつてあったことはこれから絶対起きるんだよ、と気づきます。でもそれは、過去の歴史ではなくて、人間はそういう時代の中に生きてるんだということです。

確かに現在と未来にも繋がる物語ですね。噴火の描写などすごくリアルで驚きました。
澤田 いや、すごく火山の勉強をしましたし、ハザードマップも見ました(笑)。

実際に体験したんですか、と聞きたいほどのリアリティです。
澤田 だいたい20年から30年ごとに噴火すると言われる北海道・有珠山の噴火記録なども参照しました。でもやはり富士山とは火山灰や、その溶岩の成分も違うから、それを一生懸命考えました。あとは桜島の明治の噴火の資料を参考にしたりしました。

そうなんですね。
澤田 ほんとに噴火が起きたら答え合わせされてしまうから、ちょっと待ってもらいたい(笑)。

でも、非常にダイナミックで、スケールも壮大なうえに坂上田村麻呂まで出てくるとは驚かされました。災害や噴火も避けられないけど戦争にも人間は抗えないところがありますね。
澤田 ほんとに。我々、戦争は起きないって、平和でずっと生きていけるって思ってるところと、そうじゃないかもしれないというイフの部分で、私たちは本当にギリギリの場所で生きてると思う。

本当にスリリングですよね。タイトルの『赫夜』もまた素晴らしい。
澤田 いつも読めないって怒られる(笑)。
薬丸 読めなかったです(笑)。
澤田 「富士山」って呼んでくれたらいいです(笑)。でも私、変な運を持っていて、『若冲』を書くと若冲ブームが来たじゃなですか。あれ、ほんとに当てたわけじゃなかったんですよ。『火定』を書いたら、コロナ来たじゃないですか。もうその話しないで、と言われます。

僕も本気で富士山の噴火が心配なんですよ。
澤田 わたしも心配です。調べれば調べるほど、書けば書くほど心配になってきました。
 

おふたりとも勝負作だからこそ、思い切った挑戦ができたのですね。
薬丸 やはり自分にとってのその作品への思い入れ、プラス協力をしてくださる版元(出版社)さんありきというのが大きい気がするんですよ。

薬丸さんはこの挑戦のために 1冊まるまる原稿用紙に書き直したんですね。
薬丸 はい。今、仕事はおろか、ほぼ手書きで物を書くということはない。以前であれば、メモなどは手書きで書いてたんですけど、最近は基本的にアプリですね。本当に今、手書きで書くって、それこそゲラの最後の作業ぐらいです。

そういう中で、あえて手書きで書くのは作家さんらしいですね。ファンにとっては、肉声が伝わりますから喜ばれます。
薬丸 やはり読者の方と、書店さんたちが楽しんでいただけるには、どうしたらいいか。これが根本にあったんですよね。

おふたりの試みどちらも、本気じゃないとできないですね。
澤田 薬丸さんはこの試みにどれぐらい時間かかりましたか。
薬丸 本来の執筆の仕事の合間にやっていたんで、3ヶ月近くはかかりました。 書くペースは大体1時間で5枚ぐらいなんですよね。本当に走り書きだったらもっと早く書けるのですが。ちゃんと読めるように書かなきゃいけないので時間をかけました。でも結構最後の1行くらいで、ちょっと字を間違えて。100枚くらいは無駄にしましたね。やはり世に出るものですから慎重になりました。

薬丸さんの手書き原稿

正直に言って、普通に小説書いていた方が楽ですよね。
薬丸 この原稿は、雑誌連載の入稿原稿を元にしていて、その初校と再校の赤字を忠実に、再現したという感じで。入稿原稿から数行レベルで変える場合もあるじゃないですか。 そういった時には、その初校原稿とかを、トレースしながら書きました。

どんな様子で書いてるか興味があります。作業風景はXで紹介されていますね。
薬丸 仕事をしなければいけない時には、いつもよりちょっと早めに起きて、2時間10枚は書いて、その後仕事をして。実際の原稿仕事をやらない時には、午前中10枚、午後15枚ぐらいで、でも25枚ぐらいがもう限度なんですよ。腕が限界超えますもんね。

ちなみに、澤田さんの腕の限界はどれぐらいですか。
澤田 私は名前4文字だけなので、最終的に頑張って250冊を35分で書けるようになりました。最初はやっぱり250冊が1時間ぐらいかかってて。家でやってると猫が邪魔しに来るとか、いろんなハプニングが起きて、やはりタイムがなかなか出なかったんですけど。光文社さんに、宿は別ですけど、2泊3日泊まらせていただきました。合宿ですね。

マシーン化しましたね。
澤田 そうなんです。申し訳ないことに落款が石なんですけど、これがすごく押しにくくて、小さいじゃないですか。出版社の方たちが押してくださったんですけど、皆さん手が痛いとか、肘に来るとか。

落款入りのサインがズラリ!

落款押し、結構大変だと聞きます。
澤田 たくさん書いているうち、下に置くのは時刻表がいいとか、女性誌の「VERY」がいいとか。ちょっとその作業は本当にご迷惑おかけしました。

たくさん書くと字体が変わってきませんか。
澤田 今回書いた中でも最初の方は真面目に書いていたんですけど、最後の方は、だんだん崩しへの挑戦と限界みたいで。やはりちょっとばらつきがあるなと思います。薬丸さん、最初と最後では字、変わりませんでしたか。
薬丸 やっぱり書いている時の調子によって変わってきますよね。

澤田さんの最近のサインは、「子」の字が丸くなってますね。
澤田 よく見てらっしゃいますね。同じように書くのはなかなか難しいですね。
薬丸 その違いがあるからこそ、読者が喜んでくださいますね。今回は特に、今までよりも少しでも多くの人に、この気持ちを届けたかったのです。出版社さんがプルーフ(発売前に作られる非売品のパイロット版)とかって作ってくださるじゃないですか。ただプルーフもいっぱい、いろんなところから送られてきていますよね。そのプルーフをどうやったら少しでも多くの方に読んでいただけるか考えると。「感想を送ってくださったら、直筆原稿を付けます」というのはどうかと提案をさせていただきました。

サイン中の澤田さん

書店に対するメッセージとして効果的です。たくさんの感想が集まったそうですね。
薬丸 はい。双葉社さんの過去の例でも最高レベルの反響があったようです。読んでいただけたら、多くの方に気に入っていただけるという自信がありました。

とにかく読んでほしい、という純粋な思いですね。
薬丸 この手書き原稿の試み以外にも、おそらく初めてじゃないかなっていうことをいくつか、提案させていただいたんですけど、1つは試し読み。今回、360ページのうちの半分を試し読みにできませんか。という話をして、キンドルでも半分まで読めちゃう。もちろん、僕はやっぱり紙の本には特別な思いれがあります。電子書籍やオーディブルなど、新しいメディアも含めて、盛り上がっていくべきだと個人的には思っているので、電子書籍にはスキャンした103枚までを特典としました。本を買ってくださった方には、生原稿100枚が抽選で当たります。
澤田 出版物についてあまり良くないなと思うところもあって、本ってほんとに誰でも手に入るもので、同じ価格で買えて、図書館でタダで読むこともできる。にもかかわらず、すごく資本主義の波に書籍も飲まれてる。というか、趣味だったらいくらお金かけても当たり前みたいな、それを良しとする風潮が増えてる気がして。資本主義のやり方に本も飲み込まれてるなって感じるんですよ。

消費するだけというイメージでしょうか。
澤田 直木賞を取って一時的に在庫が切れたりすると、Amazonで普通の本に高値をつけてる人がいますよね。これはなんなんだっていつも思うんですけれど、みんなが本に対して思ってる常識っていうのを覆す行為じゃないですか。

そうですね。
澤田 信頼感が揺らいでいます。それこそ今、本が読まれなくなったり、書店さんが閉店したり、本に対する信頼が失われることをなるべく防いで、ネガティブなことが起きないように守っていきたいな。それに対して作家としてできることってなんだろうって時に、全冊サイン本のアイデアがありました。これがスタンダードになったらいけないのかもですが。
薬丸 僕はやりたいなと思いますね。どの作品で全冊サインするか考えます。

期待しています。でもやれる出版社が限られますね(笑)。

最後に読者の皆様に向けてメッセージをお願いします。
澤田 私は別に本の入口ってどこでもいいと思っています。絶対この本読まなきゃ。と身構える必要はなくて、気楽な気持ちで本屋さんに行って、自分に合う本を手に取ってもらえれば嬉しいですね。
薬丸 読書を登山に例える人がいますが、その道行きが険しいほど、登った先の絶景ってすごく素晴らしいものだと思います。富士山のような最高峰はもちろんですが、普段着で登れるような山もいい。いろんな山を楽しんでもらえるといいですよね。 そしてまず書店に来てもらうというのは、作家として1つの使命にしたいです。
澤田 やはり書店さんが図書館と似ているようで大きく違うのは、今日行くと今日発売の本があって、1週間ぐらいしか店頭にないような貴重なサイン本があったり、見たことない飾り立てがあったり、グッズも売っているような新鮮な刺激があることですね。
薬丸 まさに、その通りですね。

そうした刺激的なことを今回の2作品の挑戦でやっていますね。
澤田 まさに、世の中は変わるところである。変わらないと思っていても、どんどん変わっていくものです。小説には書いてあるんですよ。富士山なんて動かないものだと思っていたら、一夜にして姿を変えることもある。どんどん変わっていくものがあるから、私たちは未来に向けてやっていけると思うし、前例を覆すのことができる。そのことを『赫夜』は示してるわけです。ぜひ書店に足を運んで楽しんでいただきたいですね。


澤田瞳子(さわだ・とうこ)
1977年、京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、同大学院博士前期課程修了。2010年『孤鷹の天』でデビュー。同作は中山義秀文学賞を受賞。13年『満つる月の如し 仏師・定朝』で新田次郎文学賞、16年『若沖』で親鸞賞、20年『駆け入りの寺』で舟橋聖一文学賞、21年『星落ちて、なお』で直木賞をそれぞれ受賞。他の著書に『火定』『落花』『恋ふらむ鳥は』『のち更に咲く』など多数。

薬丸岳(やくまる・がく)
1969年兵庫県生まれ。2005年『天使のナイフ』で第51回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。16年に『Aではない君と』で第37回吉川英治文学新人賞を受賞。17年に「黄昏」で第70回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。著書に『刑事の約束』『悪党』『友罪』『神の子』『罪の境界』『刑事弁護人』『最後の祈り』などがある。


■■■書籍紹介■■■

《あらすじ》
延暦十九年。駿河国司の家人・鷹取は、軍馬を養う官牧で己の境遇を嘆く日々を送っている。
ある日、近くの市に出かけていた鷹取は、富士ノ御山から黒煙が噴き上がるのを目撃し、降り注ぐ焼灰にまみれて意識を失う。
一方、近隣の郷人や足柄山の遊女などの避難民を受け入れた牧は、混沌とする。
灰に埋もれた郷では盗難騒ぎが起こり、不安、怒り、絶望がはびこるなか、京から坂上田村麻呂による蝦夷征討のための武具作りを命じられる。
地方の不遇に歯噛みする鷹取は――
平安時代、富士山延暦噴火。大災害に遭った人々の苦悩と奮闘の日々を描く、歴史パニック長編。

《あらすじ》
弁護士・村瀬快彦は傷害致死事件を起こした従兄弟の蓮見亮介の身元引受人となり、釈放後に二人は暮らし始める。小学6年生のときに母親が自殺し、それ以来、他人と深く関わるのを避けてきた快彦だったが、明るい亮介と交流することで人として成長していく。
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光文社 文芸編集部|kobunsha
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