幸せで包む準備が間に合わなかったから、会えなかった命と初めてお別れをした。
どれだけHSPだの、鬱だの、と関連した書籍などを読んでもやっぱり、寄り添っていかないといけないもの。
それを理解してくれるような人って、やっぱり居ないのかなと。
理解はしても、それまでもを愛して最期まで受け入れてくれる人って中々居ないんだなと、気付く。
一歩間違えてたら、死んでいたかもしれない瞬間は何度もあったが、
飛び降りようとする事は"止められる"としても、薬とアルコールはましてやほぼほぼの確率で死に至っていたかもしれない。
あと、もう一錠、あと、もう一杯のアルコールを服用していたらと考えると、今生きて居ることなんてあり得なかったかもしれない。
でも、最後らへんは彼は止めなかった。
むしろ、母曰く酒を持ってフラついていた私をどうして酒を取り上げたりとしなかったのだろう、と哀しんでいた。
追い込まれ過ぎて過呼吸になる私をただただ、スマホを向けて動画を無心に撮られていただけだった。
本当に大切だと1ミリでも希望を持ってくれていたのならば、取り上げて生きる希望として代わりに私に訴えていればあの状況にまでは至らなかったかもしれない。
私の力ではもう止められなかった。
それに気付いていたのか、いなかったのか、わからないけど、嘲笑うかのように私を破滅した。
一歩間違えていたら、犯罪者。
そして不利な立場に置かれた23歳初夜の、警察署。
そして、今も圧倒的に不利な立ち位置。
私の願いは一向に叶わないまま、呆気なかった。
彼は、その後2度、電話してくれたが何も晴らし切れず「彼の気の向くままに身を委ね、意思に沿っていこう」と、それだけは理解したまま。
私はやる事、言うべき事、
全て出し切り、提案もした。
だけれど、それも全て彼は「私からの重圧な期待」とリフレーズし、とても悲しかった。
前向きに考えて、信じるとは何かみたいな事を人間不信な私が小さい脳みそで絞り出し、
彼に話したが、どうやら納得がいかなかったのか…
期待って、そもそも何なんだろう、と考えた。
期待と求めるを天秤にかけたら、もしかしたら均一くらいなのかもしれないけど、希望と期待も同じなのかな。
私はそれをし過ぎてはいけない、思い込み過ぎてはいけないと気付いた。特にその人の事が好きだとしても。
今まで彼は「信じてる」「絶対に大丈夫だから」「ずっと戦い続ける戦友でもあり、大切で愛し続ける」とまでも語ってくれた。
…
私は余計に人の言葉って、信用しちゃいけないんだなと、思い知らされた。
永遠なんてない。
死んでも会いたいなんて、物語にしか存在しないような無責任な言葉だと言うことに痛感した。
本当に薄っぺらい。
生理が1週間経っても来ない。
そして、2週間。
独りでアフターピル外来以外で、初めて産婦人科に行ってみた。
まさか、ね…
大丈夫でしょ……
きっと、ただのストレスだよ…
ほら、あの子もそう言ってたし……
と、自分に必死に言い聞かせて
渡された妊娠検査用の紙コップを
手に持つのが精一杯なくらい、
手が震えていたのに気付いた。
そして、数分後にすぐに呼ばれ
また独りで診察室に戻ると、
線が2本太く入った、
検査キットが置いてあった。
そもそも、初めて妊娠検査薬なんて使ったからお医者さんから告げられるまで、
すぐに認知は出来なかった。
「陽性ですね。妊娠してます。」
今でも思い出せる、あの声のトーン。
そして、初めて感じた
頭が本気で真っ白になるとは
こういうことか。
と、思い知らせるような感覚。
その後の言葉はもう何一つ入ってこなかった。
ただでさえ、
LINEもブロックされてて、
載せてあった写真も下され、
ろくに返事も来ないような状態なのに、
誰に何を伝えて向き合っていく(⁇)
みたいな頭が錯乱状態のまま、
下着を脱がされる事になり、
そのまま初めてサーモグラフィーを取られた。
そして、また診察室に戻ると
今度は初めてエコー写真というものを
目にした。
そこには白っぽい影がハッキリと写っていた。
夢を見ているのかと。
今でも夢であって欲しい。
早く起きて。
そのまますぐに帰らされ、
命綱で辛うじて繋がっているような相手に
どう伝えたらいいのか…
電話したらまためんどくさがられるんだろうな…
とか考えたらもう本当に逃げ出したくなったけど、ひとつの命が宿ってる謎の責任感からその場から数時間は動けなくなった。
もちろん、すぐに連絡は来なかった。
むしろ、やっぱり私からの連絡をうざがって周囲に話している事が良くわかった。
尚更、死にたくなったというより
消えて私がそもそも存在しなかった事になりたい。と思った。
私が存在していなかったら、
誰も悲しまなかった。
私も、その命も。
独りの身体を自分以外の人から、
一生の傷を精神的にも付けられるって、
この事か、と。
拭え切れないじゃん、これ。ハハッ
って、笑うしかなくなった。
男は可能かもしれないが、
女性側からすると一生の精神的負担として、
生涯残り続ける訳だから、
その事実を各々だけでどう捉えても、
きっと解消し切れない事。
それも含めて、
1月27日、私と同じように6週間体験したつわりや精神的不安を、私の母となる一女性が乗り越え私というひとつの命が誕生した日以来、
彼と再会するのは初めてだった。
最初はやっぱりお互いしどろもどろで、
しっかりしなきゃと言い聞かせて、
自分を精一杯に気持ちを保って、
彼に話しかけた。
彼から、もうやり直す気はないの?
と、聞かれた。
いや、このことをきちんと向き合ってからかな。(そこで誠意を試したのもあった)
と、答えた。
一通り話切ったと思ったので、
よく頑張ったよね、私たち。
という意味も込めて、
そっと彼を抱き締めた。
そうしたら、
彼は張り詰めてた想いや、
彼も独りで必死に保とうとしていた気持ちが、
一気に溶けたように感じた。
今までにないくらい、
彼は私に泣きながら謝った。
それで良いのよ、
と、思いながら
今日は思う存分スッキリするまで居よう。と。
そんな1日でスッキリする訳ないんよ。
そりゃあ、全てが初めてだし。
初めて恋人に、
1番弱い部分を晒け出してしまったり、
感情的になって物を投げつけられたり、
衝動的にブロックしたり、
嘘を吐かれたり、
妊娠してしまったり……
元々まだまだお互いが未熟で、
手に負えてないのに、
妊娠なんてもうそりゃあ独りでどうにか処理出来るわけないもん。
こんな事がなければ、
綺麗にやり直せてたかもしれないけど、
タラレバで話し続けても、
こればかりはこの世で存在する
史上最高に済まされない話しで、
だからこそ、目を向ける以外ない。
私だって人生はある。
でも男の人は好きな事をやれて、
それを仕事にして、
その中で女の人は家で大人しく待って、
子供と一緒に家で出迎えないといけない。
私はまだ23になったばかりで、
彼は最初はこの未来を選択しようとしていた。
そして、堕す事になってから
彼は目に見える責任がもうなくなったからなのか、指一本でその責任をスライドして彼の目から逸らしたのだ。
手術日当日の景色は一生忘れない。
誰も迎えに来ない、独りで仏壇に手を合わせて病院へ向かった。
当日の様子も1ミリも伺って来なかった。
むしろ、朝からうるさいな
くらいの態度をされた。
そう、ただでさえボロボロだった心が更に粉砕され無くなった気がした。
ベッドで待っていたら、
病院の1番奥の奥の、
明るい寒殺とした手術台と、
ロボットのように動く看護師さんに
素早くベッドに誘導され、
そこから素早く取り付けられ、
腕を引っ張られ麻酔を刺された。
そこからは覚えていない。
ただその恐怖心だけは覚えている。
20時間の断食と8時間の脱水で、
気が付いたらベッドに寝ていた。
しばらくして、
インスタを開いたが、
どうやら彼から私だけのストーリーを
ミュートされてるのか手術日から
一切ストーリー欄に現れなくなった。
そのまま、彼からは手術前の不安と手術後の不安だけを切り取り、スクショを取り、
ほらね、今朝からこれでもう本当に大変だよ。
と、語られ、
そんな背景を誰も知らないまま
私だけが気狂い扱いをされたまま
生きてる感覚がないまま、
命を引き離して、
寒い暗い夜道を帰った。
未だに、彼からは連絡は来ません。
もう人を信じるのはやっぱり、
無理そう。
もう自分やる事やったし、
良いでしょ。
ここまで人として扱われなかったのは
初めて。
1人間として、
誠意を持って取り合って欲しかった。
私だって、
生きてたんだ。
知ってた?