見出し画像

人と人が「チェー」ンする屋台「chè」in静岡市



2024年1月6日

京都の実家から関東へ戻る道中、いつも通過している静岡県・静岡市に「何か面白いものがあるかも」と思って一泊してみることにした。

前から気になっていた静岡名物「さわやか」の炭焼きハンバーグを賞味しようと思っていたものの、朝から歩き回って体力が尽きかけなので今から人気店に並ぶのは断念した。近くの小さなお店で何か美味しいものを食べたい。

静岡の中心市街地を南北に伸びる青葉通りには、帰宅する人々がまばらに歩く。その横道でスマホの地図を片手に歩き回っていると、なんだか怪しい光を放つ一角が。

なんだこれ。ビニールシート???
ディープな飲み屋が数軒立ち並ぶ中でも、半透明の膜から滲み出るぼんやりとした光は特に異様だった。中では人影が動いていて、何かの生物の巨大な卵のようだった。

僕は見た目の怪しさにビビって、目の前に店があって電気が点いているにも関わらずネットで店舗情報を確かめた。「Chè Yatai」という名前と、美味しそうな料理の画像がたくさん出てくる。
この見た目で???などと失礼なことを考えながら「入るか否か」と店の前を数往復しつつ悩み、ようやく覚悟を決めてビニールの柔らかい扉を押した。


Chè Yatai

お店の名前は「チェー」。店内は、人の脳内を可視化したような雑多な情報の塊だった。
全ての壁に床から天井までびっしりと張り紙やら服やら雑貨やらが引っ掛けてあり、カウンター席のテーブルにも大量の置き物や皿、奥の棚には数十種のお酒のボトル、他にもとにかく色々なものが転がっていて視界の密度がすごい。そして、店内にはご主人らしき髭が似合うおじさんと先客の若いお兄さんが一人座っていた。

ご主人が「いらっしゃーい」とメニュー表を差し出す。茶色の紙に手書き・イラスト付きのメニュー表はけっこうかわいい。
しばらくして注文したご飯がやってきた。ご飯の上に野菜と揚げた鶏肉が乗った丼。とても美味しい。

ご飯を食べていると、ご主人が僕たちに「どこから来たの?」と話しかけてきた。

その時初めて、隣のお兄さんが韓国から一人で来た旅行者だということが判明した。名前は李くん。メガネをかけていて髪型はセンター分け、真面目な感じの好青年だ。静岡には初めて来たらしい。

簡単な日本語はわかるようだが、複雑な会話は難しそうだった。そこで僕が英語で通訳することで3人での会話が始まった。

李くんは韓国での暮らしに疲れを感じて、リフレッシュのために日本に来たそうだ。しかし東京のような大都市には韓国人がたくさんいて、せっかく外国に来たのにそんな気がしない。そこで「韓国人のいない場所に行こう」と思って訪れたのが静岡。同じく「韓国人のいない店に行こう」と思って入ったのがこの屋台だった、と彼は語った。

「だからってこんなビニールシートの店に入るもんかな普通!?」とご主人が一番ビックリしていた。だがそんな突飛な行動力も彼の魅力に思えてきて、僕たちはビールを飲みながら会話を弾ませた。

ご主人おすすめ、ベトナムのビール「333」


しばらくすると常連らしき男性と友達のお姉さんがやってきた。話を聞くと、男性はなんと「ついさっき」娘が生まれたとのこと。めでたすぎてこっちまで嬉しくなった。二人はご主人とも楽しそうに会話を交わし、一杯飲み終わると「チェー」を去っていった。

その後また別の常連さんがやってきた。貫禄のある、どっしりとした構えがかっこいいおじさんだ。僕と李くんのことを話すと、僕たちに一本ずつ瓶ビールを奢ってくれた。こんな大人になりたい。

そのおじさんも帰ったあと、今度はまた常連のお客さんが4人やってきた。みんなそれぞれ自分らしさが光る素敵な人たちだ。そしてまたしても僕たちはビールを2本分ぐらい奢られてしまった。李くんはみんながあまりにも奢ってくれるので動揺していた。僕は「これが日本の礼儀みたいなもんだよ」と伝えた。

小さな「チェー」が、賑やかな声と音でいっぱいになった。

ベレー帽のお兄さん、コロナ禍でも一か八か居酒屋をオープンしたらしい

ご主人が「書き初めやらない?」と僕たちに声をかけた。
ビニールシートに沢山貼ってある紙はお客さんたちが書いた今年の抱負で、このあとお焚き上げをするらしい。僕が書いた抱負は、「できることをやる」。

続いて李くんが書いたのは「새해 복 많이 받으세요(新年あけましておめでとう)」。なんかもう、そう書いてくれたことが嬉しくてみんなで「うおーーーー!!!」と拍手して喜んだ。

日付が代わる頃、最後にみんなで記念写真を撮って、賑やかな4人は帰っていった。
4人が帰ったあと李くんとご主人はロックミュージックの話で意気投合して、店内のスピーカーからは陽気なバンドサウンドが流れ始めた。ご主人がイギリスのロックバンド「オアシス」と「ブラー」それぞれの魅力について熱弁し、僕はそれを李くんへ通訳するのを頑張った。

ご主人「ドラム未経験だけど助っ人でドラマーやったことあるよ。でも案外ちゃんと叩けるもんだね」

深夜1時。李くんは今日静岡空港から韓国に帰るそうだ。
帰り際、李くんは僕たちに「二人が韓国に来た時はいろいろ案内してあげる」と言ってくれた。今度はぜひ韓国で李くんと再会したい。お互いに別れを告げて、李くんは「チェー」からホテルへと帰っていった。


店内には僕とご主人の二人だけ。静かな冬の夜、ご主人こと「境さん」がこの屋台「チェー」について話してくれた。

境さん、実は豪雪地帯の秋田県育ち。いつか自分の店を持ちたいと考えていた境さんは、「雪かきに時間を奪われてる場合じゃない!!」と、シャベルを捨てて家族で雪の降らない静岡に移住してきた。
とはいえ静岡には一切人脈がなかった。新天地での孤立からスタートを切った静岡生活だったが、ある時初めての知り合いができた。次第にその人の知り合いと知り合いになり、さらにその知り合いと知り合いになり……。そんな関係が連鎖していく中で今の敷地を紹介してもらい、境さんはついに静岡で念願の屋台を開くに至った。

境さんは、この出来事を「チェーン(鎖)」のようだったと語る。「チェー」とは、まさにこの「チェーン」のこと。
一つ一つの出会いが繋ぎ目になり、それが新たな人を呼び、やがて長い鎖が出来上がる。繋がるだけでも価値のあることだけど、時にはそれが何かの形になって現れる。チェーでは今も新たなチェーンが繋がっていく。僕が今日ここで李くんや境さん、そして愉快なお客さんたちと出会えたように。

人と人が「チェー」ンする場所、それが「チェー」。

「友達がいっぱいいて、毎日会いに来てくれて、今がすごく楽しいよ」
と、境さんは幸せそうに語った。



深夜2時頃、境さんの娘さんが登場。さらに、さっき娘が生まれたばかりの「新人パパさん」と連れのお姉さんも再登場。

新人パパさんが「名前が決まりました!」と報告。「頭文字は『え(仮)』です!」とヒントをくれたので(えりかとかかなあ……)と考えていると、境さんの娘さんが「えりか!!」と回答。口を開けたまま絶句する新人パパさん。なんと「えりか(仮)」一発正解であった。せっかくだから僕も言っとけばよかった。

時刻は午前3時。さすがに夜も更けて、というか凍えてきたし眠くなってきたので、お会計をしてお開きとなった。夜ご飯だけ食べて帰るつもりだったのに、チェーに来てからいつの間にか8時間が過ぎていた。ビニールシートの外に出ると、長い夜で冷え切った空気がマフラーの隙間に指を突っ込んだ。



境さんは店の前まで出てお見送りをしてくれた。そして別れの挨拶をして宿に戻ろうとしたとき、彼が僕にこう声をかけた。

「書き初めに『できることをやる』って書いてたけどさ、できることよりもやりたいことをやればいいんじゃない?」

「やりたいことをやろうぜ!」


その時はいまいちピンと来ないまま「そうですね、やりたいことをやります!」とそのまんま返事をしてしまった。しかし今思えば、この言葉があったおかげで、僕は今日までの時間をより自分らしく生きてこられたと思う。



書き初めの「できることをやる」は、経験や実績の少なさに引け目を感じていたから、その恥ずかしさを覆い隠そうとして零れた言葉だった。
「自分にもできること」という名の「みんながやっていること」を、何でも良いから自分のものにしたかった。つまるところ「できることをやる」の正体は、「他の人たちみたいになりたい」という巨大な劣等感・自己否定だ。

でも、それは「やりたいこと」とは違う。

やりたいことは他にたくさんある。行きたい場所、見たいもの、作りたいものがあって、日々鬱屈としながらもゆっくりやり続けている。
そういえば、チェーで境さんと話したのはそんな話題ばかり。その時の僕は我ながら楽しそうだったはずだ。だって楽しかったから。境さんはそんな僕の様子を見ていたから、何より境さん自身がやりたいことをやって生きてきたから、いらない悩みも丁寧に拾ってしまう僕に「迷わなくていいんだよ」と伝えてくれたのだろう。

「やりたいことをやろうぜ!」。
他の人と違っても、歩みが遅くても、自分はやりたいことのために生きている。そう思うと、自分の生き方にも少しだけ誇りが持てるような気がする。


そして境さんの一言がくれたもう一つのもの、それは紛れもなく「チェーン」である。この旅行記に挿絵として載せているチェーの絵は、自分が描きたかったのもあるけど、何よりもチェーへのお返しとして描き上げた。チェーを訪れたから今の僕がある。それが「チェーン」の力であり、一番感謝していることだ。


結局チェーを訪れてからこの絵と旅行記を書き終わるまで半年以上かかってしまったけど、なんとか書き終えることができた。よかった。

最後に、チェーのインスタグラムのリンクをご紹介。よく投稿されているメニュー表のイラスト(境さん画)は週ごとにストーリーが進んでいくシステムなので、遡って見てるだけでもかなり面白い。絵もかわいい。

Che Yatai インスタグラムより

https://www.instagram.com/cheyatai/


また静岡に行くことがあったら、いや、チェーに行くために静岡に行きたい。貯金中なのでチェーに行くだけの静岡訪問とかは難しいけど。また今度の帰省のときにでも、あのビニールシートの店に寄ってみたいと思う。


おわり




【ついでのおすすめ記事紹介】

静岡ってどんなところ?何があるの?という静岡ビギナーの方へ。チェー訪問の前日譚。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?