不合理性は生まれつき
原文:https://guillaumehansali.medium.com/born-irrational-ac258df404cb
僕は、常に合理的で論理的な根拠のある人間だ。あらゆる分野において、僕の見解は常に偏りがなく、僕の決断は一貫して理性に基づいている。そして、ミスを犯したときは、自分の意図が善であったと、自分を慰める。
しかし、実のところ、僕はビジネスリーダーとして、キャリアの中で何百もの不合理な決断をしてきた。ほとんどの場合、合理的に決断をしたつもりでいた。感情に左右されたつもりもなく、自分の思考プロセスに自信を持って、毎回正しい判断を下すのに必要な要素も揃っていたはずだった。
合理性が常に担保されていると確信しているのに、なぜこんなにも不合理な決断をしてしまうのか?それがこの記事のテーマである。
人は合理的であることを期待される社会に生きている。
念のため、「合理的であること」の意味についておさらいしよう。オックスフォード辞書によると、「合理的である」という形容詞の意味は
Based on or in accordance with reason or logic
理性や論理に基づいて、またはそれに沿って
また、理性とは
the power of the mind to think, understand, and form judgements logically
"論理的に考え、理解し、判断を形成する心の力
古代ギリシャの哲学者にとって、理性とは美徳の一つだと考えられていた。人間が生まれ持った能力ではなく、努力すべき理想とみなされていた。彼らは、完全にマスターすることはないだろうと知っていながら、その追求に人生を捧げる覚悟があった。
しかし、どうやら僕たちの社会は、日々合理的に行動することが、暗黙の了解となったようだ。自分の感情に任せて行動する事は、幼くみられ、大人なら自分の感情をコントロールし、理性に基づいて意思決定を行うことは当たり前だとみなされる。
ビジネスの世界ではなおさらだ。企業はかつて「人」の組織であったが、今や合理的で金儲けのための冷徹なマシンに進化してしまった。多くの企業は、従業員に古代ギリシャ哲学者並みの合理的思考を求めるようになり、職場において感情はもう用がない。
哲学者でさえ難しいと思われていたことを、普通の人に期待するのは、非常に無理難題だと感じてならない。
この2000年間で、誰でも合理的になれる秘訣が発見されたのだろうか?疑問に思うが・・・
それより肝心なのは、そもそもなぜ合理的に思考することが難しいのかということだ。人類は、量子物理学やビットコイン、カーリングまで発明することができた、優れた知能の持ち主だというのに。
脳の責任者は誰だ?感情・直感・システム1
The world makes much less sense than you think. The coherence comes mostly from the way your mind works — Daniel Kahneman, Thinking Fast, and Slow
この世界とは、あなたが思っているよりも、はるかに辻褄があわない。一貫性は、主に、脳の働き方によるものだ。 - ダニエル・カーネマン、Thinking, Fast, and Slow
世の中は非常に複雑で、なんらかの意思決定をするたびに、その都度、完全に状況を分析するのは現実的ではない。脳がその処理に圧倒され、動けなくなる。これを緩和するために、人間は長い時間をかけて強力な認知的ショートカットを開発してきた。そして、そのショートカットを活用し、脳をほとんど使わずに自分を活かす最低限の意思決定や行動(食べるなど)、社交性を維持できる。それを感情と呼んでいる。
感情を扱う脳の部分は大脳辺縁系と呼ばれ、海馬、視床下部、扁桃体、視床などが含まれている(専門家は大脳辺縁系に実際に何があるかについては意見が分かれているけど)。「戦うか逃げるか反応」などの感情反応の処理を担当する扁桃体は聞いたことがあるでしょう。
扁桃体と言えば、一般的には、恐怖や不安、攻撃性などの原始的な感情を連想すると思うし、実際のところ、危険な状況から僕たちを守ってきた。
しかし、感情の中にはもっと複雑なものもあり、それに対する複雑な反応も当然ある。
扁桃体はそのような反応を誘発しても、何の説明もしてくれない。説明責任がそもそもないし、説明する時間もない。ライオンが目の前に現れたら、走って逃げる。そのためのアドレナリンを出してくれる扁桃体に感謝しよう。
とはいえ、すべての決断が生死に関わる訳ではない。であれば、緊急性がない時になぜ感情が決断に影響を与えるのか?
感情のタグ付け
ハーバード・ビジネス・レビューの記事「Why Good Leaders Make Bad Decisions」の中で、著者は感情のタグ付けと呼ばれる概念について言及している。
Emotional tagging is the process by which emotional information attaches itself to the thoughts and experiences stored in our memories.
感情のタグ付けとは、感情的情報が記憶の中の思考や経験に結びつくプロセスのことをいう
これは非常に効率的な意思決定処理のメカニズムだ。僕たちは、記憶の中にある特定のパターンを認識し、そのパターンに感情のタグを付ける。同じパターンに遭遇した時は、そのパターンにタグ付けされた感情がトリガーされる。
例えば、生のエビを食べてお腹を壊したとしよう。生エビと嫌悪感の間に関連性が生まれる。次に生エビを見たら吐き気がするであろう。
しかし、このメカニズムは強力でありながら、歪みの影響を受けやすい。前述の記事では、3つの普遍的なバイアスについて説明している。
⚫︎自己利益: 興味のある情報を自然と感情的に重視し、自分の見たいパターンを見やすくしてしまう。
⚫︎感情的な愛着:僕たちの判断は、人、場所、物事などへの愛着によって影響を受けることがよくある。愛着を感じるものを無意識的に支持する傾向がある。
⚫︎誤解を招くような記憶:特定の出来事の記憶は、時間の経過とともに変化する傾向がある。残念ながら、その変化は無意識のうちに起きている。
古き良き時代というのは- 物覚えの悪さの産物である -- フランクリン・ピアース・アダムス
感情は運転席に座っているようだけど、人間には論理的推論力もついているはず。それはどのようにして結びつくのか?
システム1とシステム2
行動経済学の研究でノーベル賞を受賞したダニエル・カーンマン博士は、著書「Thinking, Fast and Slow」の中で、直観と推論の二重性を説明するための説得力のあるモデルを提案している。
カーンマン博士によると、僕たちには「システム1」と「システム2」と呼ばれる2つの認知システムがあると仮定している。これらのシステムは、脳の実際の部位ではなく、並列に動作する2つの独立した回路としてイメージすれば良い。システム1は、直感と迅速な意思決定を担当しており、システム2は、複雑なロジックを必要とする認知処理を担当している。例えば、2+2などの簡単な足し算したり、歯を磨いたりするのはシステム1が担当しているが、12×17などの掛け算したり、アルファベットを逆順で暗唱するのには、システム2が必要だ。
システム1は、素早く、自動的で、努力を必要としない。システム2は、ゆっくりで意図的で、それなりのエネルギーを必要とする。システム2を使う際、瞳孔の拡張、血圧や心拍数の上昇などが科学的観察の結果でわかった。
そのため、お察しの通り、可能な限りシステム1に頼りがちだ。僕たちが毎日行っている意思決定の大部分は、人気者のシステム1によって処理されている。
ただ、自動であるがゆえに、そのシステム1が僕たちに代わって、無意識のうちに多くの決断をしてくれている。
システム1は、パターン認識、分類、単純化などに優れている。放っとくと、複雑な問題でも単純化して処理してしまう。システム 1が特定のパターンを識別すると、即座にデータベースから解答パターンを取得して、仕事をすぐ片付ける。パターンがマッチしていればいるほど、確信が強くなる。そして、システム1が問題を解決したと確信すると、システム2を迂回する。「この問題にエネルギーを費やす必要はない、自分で処理できるよ!」と。
そこまで自信があるなら、システム1に任せてもいいのでは?
ヒューリスティックとその他の認知的錯覚
最終的に、意思決定とは、何かをすることで良いことが起こるか、悪いことが起こるかを評価することだ。僕たちには、不確実な事象の確率を評価するメカニズムが必要である。カーンマン博士の研究は、そういった評価の単純化をするために、限られたヒューリスティック(https://studyhacker.net/what-is-heuristics)に頼りがちであることを明らかにした。
すべてをリストアップすると長くなるので、僕のお気に入りのいくつかを紹介したい。
直感的ヒューリスティック
システム1は複雑な問題をよりシンプルで、解決策が既に用意されているものに変換することを好む。
This is the essence of intuitive heuristics: when faced with a difficult question, we often answer an easier one instead, usually without noticing the substitution.
これは直感的ヒューリスティックスの本質である:難しい問題に直面したとき、私たちはしばしば代わりに簡単なものに答えがちだ。たいていは、置換に気づかずに。
可用性ヒューリスティック
もしかして、車よりも飛行機の方が怖いと思っているでしょう。また、食中毒よりもテロ事件の方が心配なんでしょう。どちらの場合も、統計的には間違っている。僕たちは、より多くの情報が入手可能な出来事(すなわち、想像しやすい出来事)に対して、より高い確率で起こり得ると考えてしまいがちだ。
People tend to assess the relative importance of issues by the ease with which they are retrieved from memory – and this is largely determined by the extent of coverage in the media
人は、ある問題の相対的重要性を、記憶からの取り出しやすさ(思い出しやすさ)で評価する傾向がある。そして大抵の場合は、それがメディアにどれほど取り上げられているかにかかっている。
呼び水効果
お腹は空いているか?晩御飯は何がいい?〇ープはどう?
もし僕が「〇ープ」という単語を完成させるように頼んだとしたら、あなたはほとんどの場合、空のスロットに「ス」を入れるだろう(スープ)。しかし、もし僕が代わりにシャワーを最後に浴びたのはいつなのか、体を洗うのに何を使っているか、と尋ねていたら、おそらく「ソ」を入れていた(ソープ)。
ハインドサイト(後知恵)と自分が論理的だと思い込んでしまう理由
Overconfidence is fed by the illusory certainty of hindsight
自信過剰は、後知恵の幻想的な確実性によって養われる
僕たちは、変更履歴システムを持ち合わせていない。特定のトピックや信念についての意見や見解を変えるたびに、変える前の見解を思い出す能力を失ってしまう。
過去の自分の信念を忠実に再構築することができないため、過去に起こった出来事にどれだけ驚いたり、不快に思ったりしたかを過小評価してしまいがちである。その結果、必然性という感情を生み出してしまう。「こんなことが起きると最初からわかっていた」と。
この現象は後知恵バイアスと呼ばれ、多くのことが理にかなっているように見える。また、純粋に感情的に駆動されていたのに、自分たちの意思決定が完全に論理的であったと確信している理由も説明できるだろう。
You do not believe that these results apply to you because they correspond to nothing in your subjective experience. But your subjective experience consists largely of the story that your System 2 tells itself about what is going on
あなたは、自分の主観的な経験の中にこのような事象(バイアスなど)がないため、あなたに当てはまるとは思えない。しかし、あなたの主観的な経験はあくまで、自分に起こっている出来事についてシステム2が自分自身に語りかける物語の大部分で構成されている。
簡単に言えば、システム1 で起きていることはシステム2に認識されていない。その結果、主観的な経験として記録されないため、自分には「そんなことが起きていない」と思い込んでしまう。
それじゃどうすればいいの?システム2の起こし方
これまでみてきたように僕たちは、不本意ながらも、システム1に任せすぎだ。合理的思考を担当するシステム2をもう少し働かせないだろうか。
決断を遅らせる
意思決定に関しては、感情、バイアス、ヒューリスティックなどのシステム1のいたずらの影響を減らす方法はないのか?カーネマン氏は簡単で強力な次の方法を提案する。意思決定を遅らせること。単純主義的に聞こえるが、意思決定のタイミングをずらすことで、自分の決断が感情の言いなりになっていないことを確かめる最も信頼できる方法である。
「シンプル」な解決策を期待しない
シンプルな解決策やショートカットを探すのは、システム1の遊び場だ。問題に対する非常にシンプルな(そして、時にエレガントな)解決策を見つけたら、少し時間をかけて悪魔の代弁者のふりをして、その解決策がうまくいかない状況を想像してみる。一度決心してしまえば、システム1がなかなか気が変わらないので、シンプルすぎる解決策に要注意だ!
問題の難易度を上げる
単純な解決策を期待しないことの裏返しとして、問題を難しくする(あるいは難しく見えるようにする)ことで、システム2を強制的に関与させることが挙げられる。ある研究では、問題文のフォントを読みにくく変えることで、罠にはまらない可能性が大幅に高まることがわかった。例えば、 「5台の機械が5分で5つのアイテムを作れるなら、100台の機械は100分で何個のアイテムを作れるだろうか」というような問題だ。
自己反省
自分の行動とそれについてどのように感じているかを振り返ることは、自己認識を高める強力な方法だ。具体的に、反省したいところは、
1. 無意識のうちに決断していたかもしれないことに気づく
2. 決断前と決断後の自分の気持ちがどう変わったか
3. 僕たちの気持ちがその決断にどう影響したのか
まあまあ面倒な作業だ(笑)。
フィードバックを求める
自分の判断よりも、他人の判断の矛盾を見抜くことの方がはるかに簡単だ。状況の全体像を把握する最善の方法は、自分たちの盲点を含め、フィードバックを求めることだ。
… two important facts about our minds: we can be blind to the obvious, and we are also blind to our blindness
... 私たちの心についての2つの重要な事実:当たり前なことについても盲点を持っている。そして、盲点を持っていること自体も盲点である。
安全な環境づくり
扁桃体は、物理的な攻撃と心理的な攻撃を区別することができない。ストレスの多い環境では、自分たちの意思決定が感情に完全に支配されてしまうリスクがある。
There’s no room for facts when our minds are occupied by fear — Steven Pinker, Enlightenment Now
私たちの心が恐怖に占領されているときには、事実のための余地はありません - スティーブン・ピンカー、啓蒙の今
仕事環境の精神的安全性を促進することで、攻撃性を減らし、扁桃体を抑制することができる。そのような環境は合理的な思考を助長する。
しかし、それは本当に僕たちが望んでいることなのか?
意思決定に影響を与えるかという鋭い認識と、それをどうにかしようという意志の両方を必要とする。
感情や感情を読み取る能力を身につけることは有益であり、自分が誰であるか、自分にとって何が大切なのかを理解するのにも役立つ。しかし、時には感情に任せるのが望ましい場合もあると思う。
直感に触発され、感情によって動かされる。今まで挑んだことないことに挑むのは、合理的ではない。確かに、視野を広げることは、生存メカニズムとして合理的に説明することができるかもしれないが、その先に何があるかがわからないのに、左に行くのか、右に行くのか、合理的的な思考だけでは道が選べない。
もう一つは「共感」だ。僕たちは社交的な動物であり、群に属していたいという本能を持っている。長い時間をかけて、自分がどれだけ群に溶け込んでいるかを直観にリアルタイムで測ることのできるフレームワークを開発した。これらの直観は、日常の行動や判断の多くに反映されている。他人と仲良く共存するためには、合理性よりも共感の方が重要だ。
最後に、純粋に合理的な思考に基づいた意思決定が、最も人道的だとは、限らない。多くの企業が従業員を疎外してしまう理由はそこにあるかもしれない。皮肉なことに、そのような企業はまた、人間らしさを認めないまま、従業員が創造的で革新的であることを期待している。それは無理な注文だ。僕たちは、所詮、人間なのだから。
僕が学んだこと
⚫︎感情は何十万年にもわたってうまく機能してきたが、近代の社会的相互作用や規範の複雑さに適応する時間がなかった。感情、バイアス、ヒューリスティックと呼んでいる認知的なショートカットは、今では社会学的関心に反して働いているかもしれない。
⚫︎僕は重度の偏見を持っていて、そしてその偏見を自覚しているだけでは、偏見から身を守ることはできない。
⚫︎僕たちの脳は、合理的な思考をするためのインセンティブメカニズムを開発していない。常に合理的であるために、かなりの努力が必要なのに対し、ホルモンなどで報われる訳でもない。
⚫︎ストレスの多い環境は、合理的な意思決定はおろか、そもそも合理的な思考も妨害してしまう。合理的な考えをしたいのなら、まずは、ストレスから開放されよう。
⚫︎感情はある意味僕たちを人間にしてくれている。もしかしたら、社会は理性的ではなく、もっと感情的になるべきかもしれない。
⚫︎TL;DR: 他人に合理的であることを期待するのは、合理的ではない。
参照
⚫︎“Thinking, Fast and Slow”, Daniel Kahneman: https://www.amazon.com/Thinking-Fast-Slow-Daniel-Kahneman/dp/0374275637/
⚫︎“Why good leaders make bad decisions”, HBR Review: https://hbr.org/2009/02/why-good-leaders-make-bad-decisions
⚫︎“Enlightenment Now”, Stephen Pinker: https://www.amazon.com/Enlightenment-Now-Science-Humanism-Progress/dp/0143111388/
⚫︎“The Leading Brain”, Friederike Fabritius: https://www.amazon.com/Leading-Brain-Neuroscience-Smarter-Happier/dp/0143129368/
⚫︎“Heuristics and Cognitive Biases”: https://www.verywellmind.com/what-is-a-heuristic-2795235
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