1976年8月15日、夏の日の思い出(14)
深夜だから、すれ違う車は少なく、それにお盆なのでいつもよりトラックが少ない。
街灯も少ないので、少しでも明るいところがあると目立つ。
少し先に明るいところが目に入った。
近づくとドライブインの店内の照明が外にもれていた。
駐車場には、トラックが1台駐車しているだけだった。
車をドライブインの駐車場に入れて停めた。
「缶コーヒーでも飲む?」と僕が言うと「うん」と言って、二人は車から降りて、ドライブインの中に入った。
ドライブインと言っても無人で飲み物、タバコ、ガム、そばの自動販売機が設置されて、テーブルとパイプの丸イスが置かれいるだけだった。
店内には誰も居なかった。
自動販売機のコーヒーは冷たいものと温かいものとがあって、二人とも温かい方を選んだ。
それとクールミントのガムを1つ買って車に戻った。
「深夜にドライブって、大人になった感じ」と雪が言った。
「そうだね。でも、パトカーとか見ると違反とかしない限り止められないとわかっていてもドキドキするし、無免許で運転していることもこんな時間に出歩く本当はいけないことだと知ってやっているからね。本当に大人だったら、免許も持って堂々と昼間の明るい時間にもドライブする。だって、今は真っ暗で周りの景色は見えない。だから本当に早く大人になりたいと思う」と僕が言った。
「大人になって、帯広に戻っ来たら、ドライブに連れていてくれる」
「いいよ。その時は明るい時間に海へ行こう」
と二人は車のエンジンを止めたままの車内で他愛のない話をした。
話しをしているとトラックが1台駐車場に入って来た。
「もう出よう」と言って、エンジンをかけて、駐車場から出て、また海へ向けて走り出した。
信号機もほとんどなく、幕別町の市街地付近を通過してからは信号機のある交差点もなく、また信号機があっても点滅していて途中で停車することもなく豊頃町に入り、そのあと浦幌町に入って、また豊頃町に入る感じで長節湖キャンプ場の駐車場に着いた。
駐車場に着いた時、駐車場に設置してある自販機のところに2人いた。
車は、駐車場に入ってすぐのところに駐車した。
車に付いていた時計の針は午後11時48分を指していた。
「雪、後ろからビーサンの入った袋を取って」と僕が言った。
雪は後部座席に置いてある袋を取った。
「砂浜を歩くときに足元が砂だらけになるから履き替えよう」と僕が言うと雪は袋に入っていたビーサンを2足取り出した。
「同じものだからどちらでも」と言うと雪も僕も素足になりビーサンを履いた。
ふたりが車から降りると車と車の間から犬の頭が見えて、僕たちの側を通って道路を横切り茂みの中に消えて行った。
野良犬かと思ったが僕たちの側を通過するとき、尻尾を見て、野良犬ではなく、銀狐だということを知った。
「犬かと思ったら狐だった。こんな近くで狐を見るの初めて」と雪が言った。
「そうだね。野良犬だと僕も思って見てたら、狐だもんね。それに僕も銀狐を近く見るの初めてだよ」と僕も言った。
「少し風があるようだから、もう1枚羽織った方がいい」と言って、後部座席のドアを開けて、ドリズラーを手渡した。
そして、トランクからレジャーシートを取り出し、すべてのドアがロックされていることを確認して、雪の手を引いて、砂浜の方に歩き出した。
月が出ていたので、お互いの顔も周りも月明かりで見えていたので照明は必要なかった。
自販機のところに見えていた人影も消えて、周りに人の気配はなかった。
僕らは砂浜の入り、波打ち際には近づかず、レジャーシートを敷いて座った。
砂浜にはふたりだけだった。
腕時計を付けていないので、正確な時刻はわからないが午前0時は過ぎていると思う。
キャンプ場のテントを張った群れのあるところからは少し離れた場所だし、この時間に近くには誰も来ないと思う。
僕らしばらく会話をしないまま海を見て波の音を聴いていた。
「不思議な感じ。夜の海を見ながら砂浜に座っているなんて、本当にここまで来る間ドキドキしていたの。何か悪いことしている感じがして、でも波の音を聴いているとドキドキしていたのが落ち着いてきた」と雪の方から話し出した。
雪の方を見ると僕の方を見ずにずうっと海の方を見ながら話していた。
「帯広には親戚もいなくて、知り合いは別海から先に離農して帯広に引っ越した家族だけで、その家族の人がたまに家に来ていたの。そこのおじさんとおばさんが数ヶ月前から頻繁に深夜電話してくるようになって、初めは何で急に電話がかかるようになったのかわからなかったけど、おかあさんに愚痴を聞いてもらうために電話をかけてきたみたいで、おじさんの方はおばさんが浮気しているみたいだとか、おばさんの方はおじさんがギャンブルにのめり込んでいるとか、おかあさんが仕事を終えて帰宅したの見測るように頻繁に電話をかけてくるものだからおかあさんも嫌気がさしていたの。1ヶ月くらい前にそのおじさんが酔っ払って来て、おかあさんがまだ帰って来る前で家に入れたら、急に『雪ちゃんも随分大人ぽくなって』と言って襲われそうになり、外に逃げたところにおかあさんがタクシーに乗って帰って来て、タクシーの運転手の人がおじさんを取り押さえてくれた。そのあとで警官が来てそのおじさんは連れて行かれて。そんなことがあって、おかあさんが私が夜遅くまでひとりでいるのは危ないから、しばらくおばあちゃんと暮らすことになったの」と雪が帯広から離れる理由を話してくれた。
それから、雪はその夫婦が2週間くらい前に離婚して、小学生の2人の子供はおばさんの方が引き取り、元々おばさんは帯広出身でひとり暮らしをしていたおばさんのおかあさんと一緒を暮らすことになったことやその後でおかあさんと函館のおばあちゃんと話して、しばらくはおばあちゃんと暮らす方がいいと言うことになって、2学期から函館の中学校へ通うため手続きや引越すための準備をしていたとか雪はここ最近までことを話してくれた。
ふたりは砂浜に座って1時間くらい話していただろうか。
夜の海からの風に当たっていたせいか、身体も冷えてきていた。
「寒くない?」と僕が言うと「少し」と雪が答えた。
「それじゃ、帰ろうか」と僕が言って、立ち上がり、敷いていたレジャーシートの砂を払い畳んだ。
僕は、雪の手を引いて車まで戻った。
トランクを開けてレジャーシートを入れて、タオルを取り出した。
助手席側のドアを開け、雪を腰掛けさせて、ビーサンを脱がし、タオルで足に付いた砂を払った。雪は靴下を履いて靴を履いた。
雪の履いてビーサンを袋に入れ、僕は運転席側のドアに回り、ドアを開けて中からスニーカーと靴下を取って、足に付いた砂を払って靴下とスニーカーに履き替えた。
履いていたビーサンはさっき雪が履いていたビーサンを入れた同じ袋に入れてトランクに入れてトランクを締めた。
僕も車に乗りドア締めたとき車内の時計を見ると午前1時5分を指していた。
ここに着いてから、1時間ちょっと過ぎていた。
でも、午前1時半にここを出る予定でいたから、ここまではほぼ予定通りと思いながら、エンジンをかけて、駐車場を出た。
前から1台の車が近づきすれ違った。
すれ違った車はパトカーだった。
もう少し、遅く駐車場にいたら職質を受けたかも知らないと思ったら、なんて運がいいのだろうと思った。
雪もすれ違った車がパトカーだと気付いて「パトカーとすれ違ったとき、ドキドキした」と言った。
バックミラーで確認するとパトカーは駐車場の中に入っていった。
そのあと、バックミラーを何度か見たがしばらく後続車の姿が映ることはなかった。
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