「後平論学」とはナニモノ?
「後平論学」と書いて「ゴヒラノリタカ」と読みます。
たぶん世界に1人しかいない名前で、本名です。
簡単かつ確実に特定される名前なので、幼少期の頃から「まかり間違って悪名が知れ渡ったら、二度と社会復帰できない」という重めの十字架を背負って生きてきました。
その一方で、声に出して呼ばれる際は「ごへい」「あとひら」「ごだいら」などと自分の意に反して混乱を招いたり、書面では「倫学」や「諭学」などと抜き打ちの間違い探しで試されたりと、自分の名前を通して世知辛さも学んできました。
タイトルの通り、このエントリーはそんな私のプロフィールです。
正直自分語りは好きではないし、情報価値としても限りなく低いです。
ではなぜこんなエントリーを書くかというと、「この人の情報は参考になるのか」「信じるに値するのか」を判断する材料にしてもらえたらという想いからです。名前こそ珍しいですが、社会の大海原では無名のいち個人なので。
優秀なAIが群雄割拠している昨今、誰でも簡単かつ即座にある程度の水準の答えを得られるようになりましたが、人事は人の感情が大きく関わる領域。いかに優秀なAIといえど、Web上に散らばる一般論を束ねた情報や「一見答えのように見えるそれらしい何か」だけでは解決できないことも多いなと感じています。
身近で起きている課題・問題に対して、セカンドオピニオンとして経験や知見がある「人間」の意見も聞きたいというときに、このプロフィールがその信憑性を測るひとつの物差しになれば幸いです。
プロフィール
1981年生、北海道札幌市出身。4児と猫1匹の父。
北海道商工会連合会認定の人事コンサルタント
鈴与シンワート㈱のオウンドメディア「S-PAYCIAL」の連載コラムを担当
オンラインの仮想人事部サービス「クラウド人事」を運営
企業や学校での講師、ライターとしても活動中
【要約】なにをしてきたか
人材ビジネスベンダー・求職者・人事部管理職・採用担当・人事コンサルと、採用や就職におけるさまざまな立場を経験してきたという意味では、結構珍しいキャリアなんじゃないかと思います。
このような経験を通して、多面的な視点で情報を解釈・発信できるのが差別化ポイントであり強みです。
人事にかける想い
これまでのすべての学びと経験を結集して、以下を行動理念としています。
これまでの経験から、人は適正に合った仕事につければ最高のパフォーマンスを発揮でき、良い成果を生み出し、充実感や達成感を感じながら組織や社会に貢献できると信じるようになりました。
それを実現するためには、経営層や人事担当が良い組織づくりに励み、各個人が研鑽する相互努力が必要だと考えていて、この両者に少しでも貢献できれば、というのが僕の行動原理です。
もし良かったら、ここにかける想い的な話も聞いてやってください。
仕事がデキないと信じ込んでいる人々
残酷な話ですが、世の中にはいわゆる「仕事がデキる人」「デキない人」がいるというのが現実です。そして、今も昔も「デキる人材」を確保しようと多くの企業がしのぎを削っています。
※何をもって「デキる・デキない」なのか、どうすれば「デキる人材」を見抜けるのか?などの議論は他のエントリーで掘り下げるとして。
悲しいかな、中には意欲や熱意すらなく本当に「箸にも棒にもかからない人」がいるのも事実ですが、自分の得手不得手を自覚できていない人は枚挙に暇がないほど多く、不遇な環境に置かれて不本意な評価に甘んじている人が多いのもまた事実です。
すなわち、本当は自分の特性に合わない役割や仕事を任されてパフォーマンスが発揮できていないだけなのに、「仕事がデキない人」というフォルダに否応なしに押し込まれてしまっている人たち、周囲の評価でそう思い込んでしまっている人たちが相当数いるということです。
合わない仕事というのは本当に難儀なもので、本人がどんなにもがいてもなかなか仕事は捗らず、状況も評価も好転しません。苦痛な時間が長くなるにつれて周囲からの風当たりも強くなり「もしかして自分は本当に仕事がデキない人間なのかも…」という妄想があたかも真実かのように思えてきます。
いくらやっても成果が出ない
なかなかミスが減らない
仕事や作業がどうしても苦痛
このような人がいたときに、仕事の出来栄えだけで本当に仕事がデキない人なのか、たまたま適正に合わない仕事に就いてしまった人なのかを判別するのは極めて困難ですが、後者のケースに苦しむ人が相当数いることだけは確かです。
なぜそんなことを断言できるのかというと、人事という立場から実際の現場で「仕事がデキる人」にクラスチェンジした人たちを何人も目の当たりにしてきたから。
営業はからっきしだったのに、敏腕の営業事務になった人
前職ではパッとしなかったのに、入社後目覚ましい活躍を見せた人
部署異動をきっかけに、評価が大きく変わった人
良いケースばかりではなく、逆もまた然り。
TOP営業マンだったのに、転職後全然活躍できない人
採用業務は抜群なのに、給与計算業務になるとミス連発な人
高い成果を上げていたのに、管理職になったらからっきしになった人
後半3つは全部、私です。
得手不得手ってこんなに仕事のパフォーマンスや成果に影響するんだなって、身をもって思い知りました。営業で転職した直後なんてあまりにも辛すぎて、アポが入ってるフリして外出して、公園の隅っこでゲロ吐きそうになりながらテレアポしてましたよ。笑
みんな何かの悪魔の実を食べてる説
悪魔の実ってあるじゃないですか、ONE PIECEの。多分みんな何かの実を食べていて、何かの能力を持っていると思うんです、本当は。
何の仕事をやってもダメな真正のデキない人なんて、実は1人もいないんじゃないか、ということです。
悪魔の実の能力はどんな能力でも活躍できる使い所がある一方で、どんなに優れた能力でも、環境や相性が悪いとその力を思うように発揮できないという欠点を併せ持っています。
たとえば、作中で最強と言われている自然系の悪魔の実「ゴロゴロの実」を食べたエネルは、自分の能力を熟知していて空との相性も良かったことで最大限に力を発揮できていたため、負け知らずの神としてスカイピアに君臨していました。しかし、そんな最強と名高いエネルでさえ、絶縁体のゴム人間であるルフィに倒されましたよね。
同じく自然系「ヒエヒエの実」の能力者である元青キジのクザンだって、砂漠の真ん中では力を出しきれないでしょう。
「能力があっても発揮できない」とは、そういうことです。
現実世界もこれなんじゃないかと思っていて。
現実世界では自分が何の実を食べたかわからない。されども、自分の能力を自覚しているか否かにかかわらず、その能力を最大限に活かして活躍しているビジネスパーソンを指して、人はそれを「天職」と呼んでいます。
そして、どうにかこの能力を解明できないかと日夜研究が続けられ、日々あちこちで実施されているのが適性テストや自己分析です。
天職が見つかりにくい社会構造
自分の能力に気づければ自ずと活躍できる場面も見えてきますが、そのためにはあれやこれやとやってみるしかありません。
やっていて楽しいと思える
いくらやっても苦痛には感じない
上達が早い
なぜかうまくいく
こういうものが見つかったら、それはあなたが食べた実の能力が少なからず発揮されている可能性大です。
しかし、実際問題このような能力や天職を見つけるのは極めて困難と言わざるを得ません。そもそも、仕事の種類と働き方、さらにはその組み合わせがあまりにも多すぎます。
頭を使う仕事、体を使う仕事
人と話す仕事、考える仕事
売る仕事、作る仕事
絵を描く仕事、コードを書く仕事
1人でやる仕事、チームでやる仕事
自分でやる仕事、人を育てる仕事
オフィスでやる仕事、外でやる仕事、家でやる仕事
たとえば営業職のマネージャーなら「頭を使って、人と話しながら、外で売る人を、育てる仕事」みたいなイメージです。
いろんな組み合わせを試せればそのうち自分に合う組み合わせが見つかるはずですが、今の社会構造はそれを待ってはくれません。一貫性のないキャリアは毛嫌いされるし、転職回数の多さは往々にしてネガティブな評価をされがちだからです。
必然的に「早くアタリを引けた人」が有利なゲームで、「制限時間内にアタリを引けなかった人」との間で埋めがたい格差が生まれているのが現状です。
それだけじゃありません。求職者と企業側それぞれに落ち度があり、見事なまでに多数の無理ゲー要素を生み出しています。
あまりにも運要素が強いため、「配属ガチャ」「上司ガチャ」なんて言い得て妙な言葉まで生まれています。誰がうまいこと言えと。
実力のない人材ビジネスに消耗させられる企業と個人
応募が来ない求人媒体
結果を出せないコンサルタント
金太郎飴職人のキャリアアドバイザー
「水が流れないトイレ」みたいな、何かの冗談みたいなのが本当に多い。結果が出ない理由を専門家っぽく説明するナゾのムーブは、思考停止した人々に答えらしきものを提示する情弱ビジネスのそれと酷似しています。
コスパとタイパが重視されるこのご時世で、金と時間をかけてるのに結果を出せないサービスなんて、控えめに言ってもうんこです。
面接の攻略法を指南しているキャリアアドバイザーなんて求職者に分厚い皮を被せてるようなもので、その人の本質的な部分を見抜きたい面接官にとっては邪魔になっているケースがほとんどですからね。
結果的に面接官はその皮を剥ぐために「ダウトを探せ」みたいな作業を強いられていて、さながら「キャリアアドバイザーVS面接官」みたいな、誰のためなのかわからない代理戦争の様相を呈しています。
兎にも角にも、こういうところで起きている無駄をどうにかしたいと思っています。
ミスマッチは不幸のはじまり
断言しますが、理由はどうあれミスマッチは関係者全員を漏れなく不幸にします。
企業としては採用した人材が活躍できなければ事業計画に遅れが生じるし
早期退職してしまったらそれまでにかけた手間やコストは水の泡
それどころか、採用活動からやり直し
働く側だって仕事や環境が合わなければとことん苦痛です。
成果が出せず、評価もされず、毎日地獄
追い詰められた結果、心身の不調に陥ったり、また転職がよぎったり
なんとか組織に残っても、うまくこなせずモチベーションも上がらず、仕事やサービスのクオリティが下がり、消費者(私達)にしわ寄せがいきます。
そんなわけで、個人が自分に合った仕事に就けない、企業が採用ミスマッチを起こしてしまうことが積み重なって、社会全体で実に大きな損失を作り上げています。
転職者が増えることで儲かる人材サービスのような業界もありますが、同じ人が活躍できず何度も転職するという構図は決して健全とはいえないし、あるべき社会の形とはかけ離れているでしょう。
実効性と実益のある情報発信
企業サイド、個人サイドをそれぞれ最適化というか、底上げできればマッチングの精度が高まり、適材適所が実現できる機会が増えるはず。そうなれば個人も企業もハッピーで、その恩恵はさまざまなシーンで社会に還元されます。
しかし、人事業務は重要な経営戦略なので、多くの場合が門外不出のノウハウとしてブラックボック化されているのが実情です。AIに聞けばそれこそもっともらしい答えを返してくれますが、画一的な一般論で解決できるほど単純なものではありません。
会社によって最適解も異なります。使えるリソースや社内の雰囲気、社員の抱くエンゲージメントやロイヤリティなど、そのすべてが千差万別なのですから。
あちこちで複雑に絡み合っている糸を少しずつでも解くことができたとしたら。時間とお金、そして心をすり減らしている人が減るのでは。
「なんだ、仕事ってちゃんとできたら楽しいじゃん」と思える人が少しでも増えたとしたら。一人ひとりのストレスが減って、一人ひとりのクオリティが高まると、大きな社会の変化になるのでは。
私自身「紆余曲折」では片付けられないほど色々なことがあったけど、巡り巡ってそのどれもが今このために必要なことだったとしたら。どの立場も経験してきた私だからこそ言えることがあるんじゃないか、そう思えてならないのです。
これらの活動をもって「企業と個人のより良いマッチング」と、それにともなう「個人のパフォーマンスの最大化」という形で、今よりもいい感じの社会になることに貢献できれば幸いです。(小並感)
あとがき
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
世の中は煽り運転がどうの、カスハラがどうの、闇バイトがどうのと騒がれてますが、その多くがお金に関する問題や社会に対する恨みみたいなものが決起になっていると聞きます。
もっと遡ると、仕事がうまくいかないとか、上司や同僚にこき下ろされたとか、評価されずに安月給で生活が困窮してるとか、そういうことからはじまっているケースも多いんだろうなと想像します。
「自分に合った仕事ができたら、本当はもっと面白い」という至って当たり前のことがもっと当たり前な世の中になったらな、と思いながらいろいろと吠えてますが、もとより私1人でどうにかできるようなテーマではありません。
ようやく見つけ出した答えもすぐに通用しなくなってしまうほど変化のスピードは早く、単一的なノウハウで勝ち続けられる時代ではありません。
この激動の世の中をともに歩みながら、その時々の私なりの解釈や考えをシェアすること、それをみんなで議論していくことで、従来とは異なる学びや経験につながると思います。
良かったらコメントなどであなたの意見や見ている景色、困っていることなんかを聞かせてください。
そしてもし、近くに困っている人がいたら、このnoteや私のことを知らせてあげてください。
ちょっとずつでも、何かが変わっていくことを願って。