ビザの最終面接が、日米相撲対決だった話
最初に断っておくと、本当の相撲対決はしていない。当たり前だけど。
昨日、アメリカの移民政策がわたしの周りにも影響を与えていることを書いた。
それで思い出したことがある。
渡米する前に、アメリカのビザを取ったときのことだ。最後の面接で、面接官から試すような視線を向けられ、まるで事情聴取のようなやりとりがあったことを。
◇
アメリカ人の夫と結婚した後、わたしはアメリカの配偶者ビザを申請した。生活拠点をアメリカに移すための第一歩だった。
このプロセスは、先の読めない、実にのろのろとしたプロセスだった。とにかく一つずつのステップが遅いのだ。
それなりの時間がかかることは覚悟していた。でも、実際どれくらいの時間がかかるんだろうか。3か月くらい?それとも半年?なんらかのヒントを求めてアメリカ移民局のウェブサイトを隈なく確認していると、驚くべき情報を目にした。
「いま、10か月前の申請を処理しています」
はい?
わが目を疑った。うそやろ。明らかにマンパワーが足りていない。10か月のタイムラグに甘んじてないで、もっと人員を補充しなよ!わたしは思わず、パソコンの画面に向かって叫んだ。
これが世界を牽引するアメリカなのか。遅すぎる。
まあ、そうやって移民の数をコントロールしている側面もあるのだろうけれど。
結局、最後の面接にこぎつけるまでに8か月かかった。
実は、申請の数か月後にわたしは妊娠した。ビザのプロセスを待っている間にも、お腹の子どもはどんどん成長していく。このとき、夫は先にアメリカに渡っていたのだが、ビザが下りないとわたしは渡米できない。お腹の子は、ビザの進捗なんて関係なしに大きくなっていく。
さすがに、わたしも夫も途中でしびれを切らして、当局に懇願のメールを送った。
「こんな悠長なスピードで処理されていたんじゃ、出産までに渡米できない!なんとかして!見よ、このお腹の膨らみを!」
メールには、わたしのどっぷり膨らんだお腹の写真をわざわざ添付して送りつけた。それが功を奏したのかはよくわからないが、それから間もなくして、最終面接の連絡がきた。
わたしは大きなお腹を抱えて面接に臨んだ。夫が、僕たちの関係を示す写真をいくつか持って行った方がいいよ、と事前にアドバイスしてくれた。
どうしてかというと、アメリカの永住権ほしさに、偽装結婚をしてビザ申請する例が後を絶たないからである。
とりあえずビザを取って、アメリカに入国してからグリーンカードを取得する。一連のプロセスが終わったら、離婚の手続きをして、さよなら。実際、そういう偽装結婚を斡旋するビジネスが存在している。
だから、面接官にとって最大の確認ポイントの一つは、この結婚が偽装結婚ではないかどうかを見極めることなのである。
でも、わたしからしたら、こんな大きなお腹をしていることが何よりの証明になるんじゃないかと思っていた。でも、ことはそんな単純ではなかった。
あまりはっきり覚えていないけれど、出身地とか仕事とか、どうやって出会ったのかとか、矢継ぎ早に質問された。
事実関係を知りたいというよりは、わたしの反応を探りながら、真実を語っているかどうかを見ていたのだと思う。面接官は、捜査官みたいな目をしていた。
ここで、面接官は目にぐっと力を入れた。ぎゅぎゅっとわたしを見据えて、こう聞いた。
いや、もうはっきり聞くやん。これっぽっちも包まずに聞くやん。
面接官の視線が、わたしをじりじりと追い詰める。物理的には、じっと目力を注いでいるだけだが、精神世界では、ふんどしを巻いてパーに開いた両の手でどしどし突いてくる。このままされるがままにしていたら、土俵から押し出されそうな勢いである。
わたしは、負けじと面接官をじっと見つめ返した。押し出されてなるものか。わたしはアメリカに行くのだ。アメリカに行って、夫とともに新居を構えて、この子を産み落とすのだ。やっとの思いで手にしたこの新しい道を、誰にも邪魔させない。
わたしもふんどしを巻いて、相手の押しを力づくで押し返す。
この子は、あの人の、子デス!!
わたしと面接官の、一瞬のにらみ合いだった。
凝縮された沈黙の末に、面接官が先に押しの手を止めた。イマジナリー日米相撲対決が終わって、ふっと空気が緩んだ。
たぶん、わたしの面接においては、この質問がすべてだった。そんな気がする。
それから、いくつかまた質問されて、面接は終わった。その後1か月くらいして、ビザが貼りつけられたパスポートが郵送されてきた。
こうして、わたしは無事アメリカへ飛ぶことができたわけである。あのとき、わたしのお腹はもう歩くとふうふういうくらい大きくなっていて、飛行機に乗れるぎりぎりの妊娠周期だった。
空港まで迎えにきてくれた夫が、久しぶりに再会した身重の妻と、お腹の中ですくすくと育っている我が子の成長を目の当たりにして、目じりに涙を浮かべた。
(おしまい)
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