アメリカで、アメリカ人にBonsaiをならう
我らが日本文化は、世界に誇る一流コンテンツの宝庫である。
そのうちの一つ、「盆栽」は、ここアメリカでも "Bonsai" として認知されている。ボンサイではなく、ボンザイと発音する人が多い。
ちまちまとした精巧なものを愛でる日本の気質に比べると、アメリカはどちらかというと、どっかんとダイナミックで、サイズと数と量を愛でたがる気質であるように思う。
そんなアメリカで、Bonsaiは、当然ながら万人受けしているわけではない。でも、その良さを理解する人は確実にいるし、少なくとも日本文化を形づくる一角としてリスペクトを受けている。
Bonsaiを称賛するアメリカ人。その身近な一例がうちの義母である。
義母は、地域のコミュニティであるBonsai Clubに長年在籍し、直近の数年は会長さんを務めていた。自宅に設置したグリーンハウスには、20から30くらいの盆栽コレクションが並ぶ。中には、何十年も育ててきた年代物もある。
その義母が、最近、家を売却してアパートに移り住んだ。独り暮らしの身には、一軒家住まいが不便になってきたのだ。広すぎる家の掃除、メンテナンス、階段での上り下り、庭の管理……。
だから、一人にちょうど良い広さのアパートへ引っ越した。スーパーやレストラン、地域の公共施設などが集まったエリア。車がなくても、徒歩で生活が成り立つ場所である。
引っ越し先のアパートでは、当然ながらグリーンハウスはない。義母が長年世話をしてきた数々のコレクションは、一部を残して、人に譲ったり、ガレージセールに出したりして片をつけたらしい。
その中で、ひと際形のいいものを、義母はわたしたちに譲ってくれた。30年来の年代ものである。しっかりと大地を踏みかため、両の手を天に仰ぐような力づよさを感じさせる、イチジクの木である。
夫が、その盆栽とともに、義母から世話のポイントを聞いて帰ってきた。水やりの頻度、日当たりの加減、温度の調整など。わたしもそれを夫から伝え聞き、ふむふむと頭に入れた。
ちなみに、わたしは植物を育てるのは好きだけど、盆栽の経験はない。かっこよく形をつくるのは、一定の技術と知識がいりそうで、すぐできる気がしない。でも、そうはいっても、盆栽ってつまり「木」だから、世話をすること自体はそんなに難しくないでしょ。多少水が切れても、すぐに枯れたりしないはず。そう思っていた。
それから、1か月経つか経たないかの頃。その盆栽が枯れた。
正確にいうと、完全には枯れていない。くねくねと入り組んだ弧を描きながら伸びた枝の、先の方がカラカラに乾いてしまった。ポキンと折ってみると、中が完全に干上がっている。まだ辛うじて息の残っているいくつかの枝から、まだらに緑の葉が残っているだけ。
あわわ……
どうしよう。なんとか命は落とさずに済んだけれど、かつての生命力は半減している。いや、半分以下だ。
きっと義母は、この盆栽をうちに譲ってくれたときに、わたしが日本人だってことが頭の片隅にあったに違いない。日本人なら、盆栽のなんたるかを最低限は心得ているだろうし、実際、この盆栽を生かす術くらいは当然のごとく持っているだろうと、どこかで思っていたんじゃないか。
ごめん、お義母さん。期待に沿えなくて申し訳ないデス……。
先日、義母が我が家に遊びにきた。
やばい。盆栽の変わり果てた姿を見られちゃう。でも隠すわけにもいかない。正直に白状するしかない。
ここは夫から説明してもらった。義母は、わずかな緑を残して、葉がスカスカになってしまった盆栽に、じっと視線を向けた。それから、近づいていって、枯れた枝の先を指でつまんで取り除いたりした。それは、義母の長年の習慣で、いかにも慣れた手つきだった。
わたしは、その様子を、少し後ろから見守っていた。この後に、義母がなんて言うんだろうと思って、ちょっとドキドキしていた。
義母がわたしたちを振り向いた。ニコリとしてこう言った。
「緑の葉がまだらなのも、また悪くないわね」
……良かった。けど、やっぱりごめん。
盆栽って、こうでなければいけないという絶対的な基準があるわけではないことを、わたしは知った。基本の型のようなものは、きっとあるのだろうけれど。
わたしは、義母を通じて、盆栽の世界をのぞいている。遠くアメリカに来て、まさかアメリカ人にBonsaiを教えてもらうとはね。
人生は、いつも思いがけない展開にあふれている。
(おわり)
読んでくださってありがとうございます。
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