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異文化での失言?あるある。わたしはタトゥーで失敗しました

アメリカにいると、タトゥーをしている人がわんさかいる。

以前は、体のどこかにタトゥーがある人を見るたびに、

「日本にいっても温泉に入れない…」

という一文が、いちいち頭に浮かんでいた。大きなお世話である。そもそも、赤の他人と真っ裸で空間をともにするなんて、彼らにしてみればそっちの方がよっぽどクレイジーである(と思う人も一定程度いる)。

だから、もちろん口に出しては言わない。ただ、タトゥー=ノー温泉、という公式がどうしても浮かんでしまうのだ。

でも、この国では、タトゥーがあまりにカジュアルすぎて、もはやそんなことをいちいち考えていられないほど、見慣れてしまった。

それでもタトゥーというと、わたしは過去のある失敗を思い出す。

まだ、アメリカに来て間もない頃だった。

夫の古くからの友人が、子ども用の机やイスを譲ってくれることになった。うちより少し年の大きいお子さんがいて、その机とイスはもう使わなくなったらしい。

夫とその友人(仮にスティーブと呼ぶ)は、かつて学生時代にルームシェアをした仲で、たまに二人で飲みに行ったり、家に遊びに行ったり来たりしている。

その日、スティーブは、買ったばかりの新車でやってきた。アメリカでマッチョな男性に人気の、ピックアップトラックというやつである。スティーブはどちらかというと背の高いほっそりした体形だが、そのマッチョな車を我らにお披露目したいという思惑もあったようだ。

その車に、子ども6人掛けのまあまあ大きな机と、6脚のイスをゆうゆうと載せて運んできてくれたわけである。

夫とわたしは、玄関前の駐車スペースまで出て行って、スティーブの新しい車について、やんややんやと話していた。かっこいいね、とか、いくらするのこれ、とか話しているうちに、急に思いついたように夫が言った。

そういえば、タトゥーを入れたんだろ

それを受けて、スティーブは長袖のシャツの袖のボタンを外し、端を折り返しながら、おもむろにめくり始めた。そのおもむろぶりを見るに、ピックアップトラックだけじゃなくて、今日はそっちも見せようと思ってきたんだなとわかった。

スティーブが袖をめくるのを見つめながら、わたしは、無意識にだけど、きっと腕にワンポイント的な柄が入っているんだろうと予想していた。彼の年齢とか、穏やかな人柄とか、子煩悩なお父さんぶりとかをつなぎ合わせて、わたしの勝手な価値観に照らして、控えめなタトゥーを勝手に想像していたのである。

ところが、目の前に現れたのは、片方の腕全体にあしらわれた大きなタトゥーだった。どんな柄だったかはもう思い出せない。とにかく腕全体に入った大胆なタトゥーを見せられて、わたしは面食らった。思っていたのと、だいぶ違ったから。

わたしは、夫がなにかコメントするより早く、もう半ば反射的に、こんなことを口走ってしまった。

"What happend to you?!!"

いや、だって、いきなり腕全体にタトゥーを入れるなんて、きっとなにかしらのきっかけがあったに違いないと思ったのだ。心境の変化である。誰かに強く影響されたとか、なんだかむちゃくちゃに変化がほしくなったとか、そういうことである。逆にいうと、なにかしらの劇的な理由もなしに、鼻歌を歌うようなテンションで、こんなドカンとしたタトゥーを入れるということが、わたしには想像できなかった。

もしかして、スティーブになにか大変なことがあったんじゃないか。わたしは、むしろ心配してしまったのである。

わたしのこのコメントを聞いて、夫はぶはっと声をあげて爆笑し、スティーブは明からさまに苦笑いをした。こんな反応をされるとは思いもよらなかったのだろう。

言い訳すると、あのときは渡米してまだ日が浅く、一般的な日本人としての感覚のままモノを見ていた。まだアメリカ社会のスタンダードをよく理解していなかったのである。

いまならわかるけれど、アメリカ人なら、誰かにタトゥーを見せられた時に、あんなコメントは絶対にしない。”Wow, you did it!” とか "Cool!" とかポジティブなことを言うはずだ。スティーブも、暗にそういう反応を期待していたに違いない。

わたしは、まずいことを言ってしまったことにすぐ気づいて、しまった、と思った。たぶん、この心の動きの一部始終が、ぜんぶ顔に表れていた。

「いやいや、違うの。もしかして、なにか大きな心境の変化があったんじゃないかって気がしたの!」

取り繕っているつもりが、全然取り繕えていない。優しいスティーブは、「いやいや、いいんだよ」ってなんでもないように笑ってくれたけれど。ちょっと得意げだった気持ちに冷や水を浴びせてしまったような気がした。

スティーブが帰った後。

「わたしがタトゥーにあんなコメントをした理由を、スティーブにちゃんと説明しておいてよね」

わたしは、夫に強く頼んでおいた。日本社会とアメリカ社会において、タトゥーの扱いやカジュアル度合いの違いを含めて。

日本に住んだことのある夫は、そのあたりの日米の違いを理解している。だから、あのときも爆笑したわけだけど、スティーブにはわざわざそんなこと説明しなくても大丈夫だよ、と軽くあしらうだけで、いまに至るまで、なんの説明もしてくれていない。

たぶん、わたしは、スティーブに嫌われている。

夫は、この異文化ならではのわたしの失敗談をえらく気に入って、親戚たちが集まったときに一人漫談をぶち上げて、大きな笑いをとった。

それより、スティーブにちゃんと説明してほしい。

(おわり)


読んでくださってありがとうございます。
異文化へ入っていくときには、失敗はつきものです。この手の失敗は山ほどあります。

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