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手術完了、そして孤独な集中治療室へ

前回の続きを更新します。

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手術という恐怖からの開放

僕は目覚めた。

目前には知らない天井が広がり、右横からは一定の感覚で聞こえてくる電子音。

まだ少しぼやける目を左右に配ると、左奥に人影が。

段々と視力が戻る。

両親と彼女だ。3人とも笑顔だ。

このときの感覚は今でも覚えている。

居てくれた、見守っていてくれたこと、その嬉しさが

手術で強張っていた僕の身体を安心させてくれた。

本当に心強かったです。

手術前は、もうこのまま目覚めないかもしれないって思ってた。

感覚が縮まる電子音。

頭の中に急に話したいことがたくさん出てきて、口走ろうと思ったけど、

人口呼吸器が邪魔して、なかなかに話しづらい。

それでも、口をずっと塞がれてた子供のように次から次に。

「どのくらい時間かかった?」、
「今何時?」、
「あっという間だったわ」、
「今どういう状態?苦笑」

会話できること、投げかけて回答が返ってくることの嬉しさ。

話しているうちに、急にふと思いました。

彼女は、まだ関係も浅い自分の両親と一緒に5時間も待っててくれたんだろうか、、と。

待ってる間、特に話すことなんてないし、退屈だろうし、気まずいはずだ。

それなのに。。。

と思うと、嬉しさから今度は悲しさ、辛さのようなものがこみ上げてきました。


「あの時は本当にありがとう。助けられました。」

ってちゃんと言わないとね。


集中治療室は牢獄のよう、それでも…

ICUでは、身体を自由に動かすことはできません。
そう、自由がない。外に出ることもできない。

両足は、寝たきりによるエコノミー症候群?を防ぐために、マッサージ機が取り付けられ、何時もウィーン...と音を立て、マッサージしてくれます。もう拘束具でしたね。暑苦しいんじゃ!😓

上半身は、赤、緑、黄色の細い心電図?の線が身体に貼り付けられ、動くにも絡まって動きにくいんじゃ!😓

基本的に大便はトイレまで行ってたかなあ、小の便はベッドの上でやっていた気がする。苦笑

寝ながらは確実に無理なので、立ってやっていた。窓越しに見られないようにそっと。。😓

筒状のものを看護師に渡されるので、その中にジョーって出して、看護師さんにハイッて渡すんです。(照)😓

30歳手前の男が、、苦しい!母さん、辛かったよ!

当然、集中治療なので、同じ部屋に他人は一人もおらず、ずっと一人でした。

あそこに何日間いたかはもう覚えてないですね。

手術で頭に穴開けて、内視鏡でグリグリやったもんですから、頭痛が酷かったです。

定期的に襲う頭痛に、痛み止めを飲んでは耐え続けて、、、

想像しただけでも頭いたくなりそうなので、もうあそこには戻りたくはありません。。😔

でも、そんな辛くて孤独な集中治療室から僕を救ってくれたのは、、、

2018 FIFAワールドカップ!!!

もう連日連夜やってたでしょ?
もうね、他に誰もいないし、音量爆音で流し放題!

深夜放送だろうがなんだろうが、関係なく応援してました!

どんなに辛い状況でもワールドカップ見れれば全部オッケー!

日本は途中負けちゃって悔しかったけど、大健闘だったし、どれだけ救われたことか。😁

これまでの人生の中で一番記憶に残ったワールドカップ。

テレビなかったら、孤独死してたかもしれない。。



雨季も終わりに近づき、暑い夏の到来を実感しはじめたころ、


牢獄を出た僕には、さらに肩を落とすような宣告が待っていたのだった。。。


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