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【孤読、すなわち孤高の読書】谷崎潤一郎「秘密」


作者:谷崎潤一郎(1886〜1965)
作品名:「秘密」
刊行年:1911年刊行(日本)

谷崎美学が凝縮した、闇に潜む欲望と退廃の誘惑。

[あらすじ]
夜の闇を纏った街を舞台に、人間の愛と欲望、そして自己の本質に迫る物語である。
主人公は誰にも知られぬ秘密を抱え、自己の性を超えた扮装に身を委ね、夜毎、化粧と女装を纏い彷徨う。
ある夜、ふいに現れた過去の恋人であり妖艶なT女との再会によって、主人公は激しく揺れ動くこととなる。
その美貌に再び心を奪われた主人公は、女としての自己と男としての欲望の狭間に立たされ、やがてその果てなき探求と葛藤に飲み込まれていく。
物語はこの夜の迷宮を彷徨う主人公の内的葛藤を、丹念かつ妖艶な筆致で描き、谷崎ならではの濃密な美の感覚に満ちている。
読者は、闇の奥底に潜む人間の欲望と儚き夢幻の一片に触れ、彼の秘められた欲望が、果たして一体どこへ向かうのか、次第にその世界へと引き込まれてゆく。

[読後の印象]
谷崎潤一郎の『秘密』は、闇に潜む禁忌と美、そして人間の欲望と自我を鮮烈に描き出した作品である。
物語の中心である主人公の女装は、読者に禁断の世界への誘いを喚起し、夜の街に漂う危うい美しさと官能の暗がりが、独特の異次元的な魅力を放っている。
主人公の内面に渦巻く欲望と葛藤は、緻密な心理描写を通して深淵に掘り下げられ、性別や愛を超えた普遍的なテーマに現代の読者も共鳴することができる。
しかしながら、この作品が織りなす退廃的な雰囲気や複雑な心理描写の層は、読む者に強い耐性と理解力を要し、容易には解き明かせない迷宮のような内容である。
夜の街を彷徨う主人公の心理の変遷に注目し谷崎が描く夜の美学に心を浸すことで、作品の真髄が少しずつ立ち現れるだろう。
さらに、なぜ主人公は女装に身を委ね、T女との再会によってどのような変容を遂げるのか、また当時の時代背景がどのようにこの作品に影響を与えたかを考察することで、読者は谷崎の深層に潜む思想と美学を垣間見ることができる。
『秘密』は、官能と退廃を極限まで高めた読む者を挑発し誘う文学であり、各々の感性でその暗がりの美を味わうことに本作の醍醐味がある。

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