孤読、すなわち孤高の読書】斎藤幸平「人新世の『資本論』」
著者:斎藤幸平(1987〜)
著書名:「人新世の『資本論』」
刊行年:2020年刊行(日本)
脱成長という概念によって環境問題に切り込む、新マルクス主義の急先鋒。
【読後の印象】
斎藤幸平の著した『人新世の「資本論」』は、あたかも新たなる革命のマニフェストかのように我々の前に突きつけられている。
単なるマルクス思想の解説を越え、著者の手によって『資本論』は21世紀の環境破壊という最終審判の舞台へと引き上げられ、現代資本主義の原罪が赤裸々に暴かれる。
その内容は苛烈であり、余裕と偽善に満ちた現代社会の仮面を剥ぎ取る鋭い刃である。
著者は、「人新世」という人類が地球環境そのものに不可逆な影響を及ぼす時代において、資本主義がいかに人類の存続を危機にさらしているかを精緻に描き出す。
ここで提示される「脱成長コミュニズム」という概念は、成長を絶対善とする経済システムに真っ向から異を唱え、ただの経済的効率や拡大の枠を超えて、むしろ衰退の中に人間本来の生の意味を見出そうとする、壮絶なる思想の飛翔である。
「成長の罠」という表現が象徴するのは、無限の発展という幻想がいかにして地球を蝕み、人間の精神をも破壊するかという悲劇的構図である。
そして、鋭利な筆致はその幻想がいかに我々の生活を支配しているかを、驚くほど克明にそして執拗に照らし出している。
特筆すべきは、著者がマルクスの「メタボリズムの裂け目」という概念を現代的に再解釈し、自然と人間の間に生じた裂け目が、資本の論理によって拡大し続ける様を描写することである。
この裂け目は、資本主義の構造そのものがいかにして環境破壊と密接に絡み合い、やがて我々を無明の奈落へと引きずり込むかを示している。
その鋭さは、環境問題がただの外部的な危機ではなく、資本主義の内在的な破綻にほかならないことを我々に理解させる。
『人新世の「資本論」』は単なる学術書ではなく、我々が直面する究極の選択を提示する書である。
著者の手によって蘇るこのマルクス思想の闘志は、決して過去の遺物などではない。
むしろ、この世界の裂け目に挑むべく立ち上がる者にとって未来への羅針盤となるだろう。
本が売れないと嘆かれる時代の中で、経済関連の、しかもマルクス理論に関する本書が50万部を突破したことは、現代日本人がいかに地球や未来に対する危機を抱いているかを示唆していると、希望的な感想をも抱かせる。
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