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【人生最期の食事を求めて】鹿児島愛が溢れ出る郷土料理との逢瀬。

2024年10月4日(金)
天文館 吾愛人 本店(鹿児島県鹿児島市東千石町)

黒田清輝、伊地知正治、五代友厚、大久保利通、西郷隆盛といった日本の歴史を語るうえで欠かせない人物たちの像が街の処々に、鹿児島を見守るように静かに佇んでいた。
薩摩藩の勃興と隆盛、そして戊辰戦争という数々の苦難を刻んだ街を歩くのは、実に感慨深い。

黒田清輝とその弟子の像

時折過ぎ去る電車の擦過音が小雨の降る天文館に轟いていた。
天文館という地名も興味深かった。
江戸時代の大名である島津重豪が、西洋文明を進んで取り入れるべく1779年に天文観測や暦の作成などを行う施設として明時館(別名天文館)を建立したことに由来するという。

随所に歴史の痕跡が見受けられる街を歩き、網の目上の拡がるアーケード街を歩き続けた。
雨が降り続くせいか天文館通は人の気配は少なかったが、夕刻ともなるとどこからともなく人が溢れ出し、静かな活気を宿してゆく。

傘を差していると、すれ違いざまに傘と傘がこすれ合いそうになるほどの狭い歩道に入った。
すると、突如として人並みが連なる光景に出くわした。
その建物は、あたかも料亭のような外貌だった。
けれども、料亭に人が並ぶわけはないはずだ。
しかもその人並が放つ雰囲気は庶民そのもので、中にもこの外貌にふさわしくない若者たちの姿もあるのだ。
その場で調べると、「吾愛人」と書いて「わかな」と読むらしい。
昭和21年創業ということは、78年の月日を経ている。
児童文学者の椋鳩十が奄美大島の方言の「愛人」(かな)を用いて命名したというから、伝統と威信を誇る店ではることが感じられる。

天文館 吾愛人 本店

17時の到来とともに、その人並みは店内に吸引されていった。
私もその流れに引き込まれて中に入ると、すぐさま多くの団体客の名前が掲出されていた。
まるでホテルの宴会場のような様相だ。
店内も極めて新しく清潔そうで、カウンター席の前には名物のみそおでんが来客を出迎えるようにしっかりと鎮座していた。

庭の見せる席に案内された。
すぐさま生ビールの中ジョッキ(650円)を選び、しばらく注文を眺め続けた。
そこでまず目に留まったのが、「首折れサバの刺身(ハーフ)」(825円)と「きびなごの刺身(ハーフ)」(605円)だった。
名物の「みそおでん」も当然欠かせないだろう。

首折れサバの刺身(ハーフ)
きびなごの刺身(ハーフ)
みそおでん

真新しい店内を、幾人もの若々しいスタッフが注文に応じて往来し続けている。
そのうちのひとりがビールを運んできた。

そこへ、首折れサバの刺身ときびなごの刺身(ハーフ)が次々と飛来する。
サバはご当地が点在しているが、この店のサバの刺身は実に噛み応えのある食感で、売り切れ続出の理由をすぐさま了解した。
一方、きびなごには鮮度が感じられないものの、味噌に付けて食すると、ビールは瞬く間になくなってゆき2杯目を注文することにした。

みそおでんの到来は、新しい感動を呼び覚ました。
厚揚げ、大根、たまご、牛すじというラインナップは、具の深奥にまで独特のタレが染み込んでいて言いようのない食感と味覚が交り合う。
そのせいか、私の食欲は熱気を高めていった。

芋焼酎の豊富なラインナップの中から宝山(390円)を選び抜き、「六白黒豚つくね」(264円)と「六白黒豚バラ」(330円)、「手造りさつま揚げ」(715円)、「六白黒豚となすの味噌炒め」(836円)というご当地を代表するメニューを求めた。

六白黒豚つくね、六白黒豚バラ
手造りさつま揚げ
六白黒豚となすの味噌炒め

芋焼酎とともに、手造りさつま揚げがやってきた。
揚げたてのさつま揚げは、やはり名物の名にふさわしく狂おしいほどの熱気が芋焼酎を催促する。
次に訪れた黒豚のつくねとバラの存在感は堂々たるものなのだが、食してみると実に淡白な味わいと歯切れの良さが際立っている。

最後に訪れたのは、六白黒豚となすの味噌炒めだった。
味噌が豚肉となすに絶妙に絡み合うというのに、豚肉もなすも味噌の風味に劣らず主張し合っているのだ。

確かに、私は満たされた。
しかしながらそれは満足を意味するとともに、鹿児島の美味に魅了されることも意味する。

私はふと庭のほうを見渡した。
日本庭園風のそこには雨の雫がこぼれてはいるが、どうやら止んだようである。
時計を見るとまだ18時を過ぎたところだった。

私は満足を費消しさらなる魅了を求めべく、薄暗くなった夜の街を穏やかな興奮を携えて歩き出すのだった。……


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