まあだだよ
黒澤明監督の遺作、「まあだだよ」を観た。
内田百閒(ひゃっけん)という実在した人物の晩年を描いた作品である。内田が大学の教授を辞め、執筆活動に専念するため家を買い、そこに住み始めるところから物語は始まる。
134分に及ぶ大作だが、その半分くらいは、酒を飲むシーンであるという印象だった。正確には、宴会か、晩酌か、とにかく酒の席の場面が多いのである。
内田は酒が好きらしく、かつての教え子たちが事あるごとに酒を持ってきては、宴会をするのだ。また、彼らは毎年内田の誕生日に摩阿弥会(まあだかい)という会を開き、同窓生を何十人も集め、広い会場を借りて大宴会をする。
時代背景は戦時中と戦後であり、借りた家は空襲で焼け、内田はかろうじで焼け残った小屋に妻と二人暮らすという状況にも陥る。しかし、方丈記を書いた鴨長明が住んでいた家に自分の小屋を重ね、無常を語る内田からは悲壮感を全く感じない。
いつも冗談を言ってはかつての教え子たちを笑わせ、ひょうひょうとした顔つきで日々を過ごしている。
改めて新居を構えた内田の余生は順風満帆にも思えたが、あるとき事件が起こる。
飼っていた猫がいなくなったのだ。もともと野良猫だったが、内田は大変可愛がっていただけに、食事も喉を通らないほど憔悴した。
ビラをまいたり、新聞広告を打ったりしたが、結局見つかることはなかった。
家が焼けても「物が無くなってすっきりした。」と平気だった内田が、猫がいなくなっただけであれほどまでに落ち込んでしまうのは、そういう人間性だったのだという解釈で良いのだろうか。
そんな人間性に惹かれたのか、映画全般を通して教え子たちからの異常なまでの内田の慕われ方がよく描かれていた。
ラストまでひたすら穏やかに時が流れ、正直に言うと少し退屈してしまった。しかし、もしかすると、これが老人の時間感覚なのかもしれない。
歳を取ったら、また違った見方ができるのかもしれない。そう思う映画だった。