第20回「原発被災地の企業的地域再興への挑戦―南相馬市小高区―(Ver1.55)」(山川顧問)
第20回地誌東京研究会では、山川顧問から「原発被災地の企業的地域再興への挑戦―南相馬市小高区―(Ver1.55)」を基にご報告いただきました。(2024年6月)
「1.原発事故避難指示区域の今」では、
まず、チョリノービリ原発・福島原発事故の放射能汚染の現状について、汚染量・避難者数のデータや報告者撮影の写真により説明がありました。チョリノービリ原発事故により消滅したまちの墓標のような標識がとても印象深く、川内村村長が被災後の現地視察の際にそれを見て、絶対に川内村を同じようにはさせないと「帰村宣言」を出したとの話は納得させられるものでした。
相双地域全体の帰還の状況については、避難指示の解除時期が早かった市町村の方が帰還率が高く、解除時期が遅れるにつれて低く、しかも低迷していること。戻らない理由(富岡町)も変化し、2017年以降は「原発や放射線量の不安」よりも、「生活基盤がすでにできている」や「避難先の生活利便性が高い」を理由にする方が多くなっている点などが指摘されました。
「2.避難指示解除と帰還人口動向」では、
現在の南相馬市の行政区「小高区」の人口は、住民登録人口が約6千5百人、実際の居住人口は約3千8百人と、原発事故前に比べ約50%に減少し、ここ数年居住人口は頭打ちとなっていることが示されました。
小高区は、南相馬市の他の地域自治区(原町区及び鹿島区)と異なり、区全域が原発災害避難指示区域に指定され、長期間にわたる避難生活を余儀なくされました。住民の多くは生業と雇用を失い、小高のまちは、いったん無人となった所からの再興となりました。資料中の小高区まちなか店舗マップからは、ようやく再興のきざしは見えるものの、昨年11月の巡検の際にも、まだまだ閉店の店舗や空き地が目立っていました。
「3.帰還者の生業等再開(第1世代)」では、
小高の再興は、まず、避難指示解除前から小高の生業再開にかかわり、解除後いち早く取組を開始した第1世代の人たちから始まります。
2016年7月の避難指示解除後にいち早く営業を再開した、双葉屋旅館女将の小林友子さん、解除前の2015年の7月、喫茶スペース(ひまわりカフェ)をオープンした小高商工会女性部有志の皆さん、小高区の特産品となる「小高とうがらしプロジェクト」の小高工房の取組などが紹介されました。特に、小林さんは、今も継続する小高の人々の思いを記録するプロジェクトを立ち上げるなど、小高のまちのキーパーソンとして活躍しています。
こうした第1世代の帰還者による生業再開が社会的・営業的なつながりを生み、その後の第2世代の起業的な帰還者や転入者の受け入れの基盤となりました。私たちが昨年11月の巡検の際に宿泊し、女将さんのお話をお聞きしましたが、小高への熱い思いと復興への強い意志を感じることができました。この第1世代は、後の移住者からの相談に応える「地域のお世話人」制度(2021年に始まった仕組みで、小高区の自営業者や会社員、団体職員ら25人が世話人となり、移住を希望または検討している人と面談し、地域の実情や暮らを伝えることで定着の手助けをする)を支える有力なメンバーにつながっていきます。
「4.プラットフォーマー(第2世代)」では、
避難指示解除後に、小高のまちに課題を抱いて戻ってきたり、外部からやってきた第2世代の人たちの取組が紹介されました。
(株)小高ワーカーズベースの代表和田智行さんは、「地域の100の課題から100のビジネスを創業」をミッションに、これまでに様々な活動を展開し、実績を残しています。ラジオなどのメディアにも登場(内海会長が聞いたそうです)するなど発信力の強い方でもあるようです。
もともと実家は絹織物業を営んでいて、本人は東京でIT関係の会社を設立。いったんは小高に戻りますが、原発災害による避難を余儀なくされるなか、避難先の会津から小高に通い、2014年に小高ワーカーズベースという会社を立ち上げました。
また、2016年にスタートさせた「Next Commons Lab 南相馬」の活動や2019年にオープンした「小高パイオニアヴィレッジ」を通して22もの新しい事業が創出され、小高における魅力的な生業づくりに欠かせない人材、取組になっています。
他にも、「パン屋カフェ兼コワーキングスペース」を提供する、森山貴士さんによる「オムスビ」の活動。本業のITエンジニアで稼いだものでこの活動の赤字を補填しているが、稼げる事業の実現を目指し、地域の課題解決のためのまちづくりの拠点となっていることなどが紹介されました。
第2世代の彼らの取組は、それぞれの立場から、居住者と移住者とを取り結ぶプラットフォーマーの役割を演じ、後の第3世代を受け入れるハードとソフトの仕組みが形作られたとの説明をいただきました。
「5.起業型地域おこし協力隊 (第3世代)」では、
南相馬市小高区の特色は、自治体から与えられた業務を遂行する一般的な地域おこし協力隊と異なり、自分でビジネスをつくって地域を盛り上げる『起業型地域おこし協力隊』があることです。地域資源の有効活用や地域課題の解決を通して、地域に根差した魅力ある仕事づくりを行うことを目的としています。小高区では、2017年から採用を始め、これまで14人が着任し、小高再興の第3世代として、様々なビジョンを持って活動していることが紹介されました。
前出の「地域のお世話人」を通して、彼らのビジョンに沿った支援が行われ、資料にあるような、小高駅駅舎内に誕生した醸造所やまちのIT屋さん「小高テック工房」など新しい取組が生まれています。
「6.小高区内中小企業の経営損益動向」では、
小高区の中小企業の動向をみると、小高商工会会員は2013年から地元に帰還し、事業を再開するようになったこと。震災後はいったん増加するが、2016年を境に減少に転じ、特に小売業は半減してしまっている状況が示されました。
一方で2013年以降の地元再開のペースは、業種により異なるが、避難指示解除によって地元再開率は高まっていること。こうした傾向について、除染・インフラ復旧にかかわる業種の事業再開は早く、個人消費に依存する小売業の地元事業再開は遅れているとの分析がなされました。
小高区内の中小企業の特徴は、主力は土木・建設業と建設付帯事業であり、全企業数82件の48.8%、前従業員679人の52.6%、売上高では全体の78.5%を占めています。また、廃炉・復興事業との関係の深い、土木・建設業、建設付帯業は黒字が多いこと。地元に取引金融機関の本支店を持つ企業の方が黒字企業の割合が多いなどの指摘がありました。
「7.その先の小高を見据えて」では、
小高の地域再興にかかわる様々な取組について紹介いただきました。資料に示されているように、『10年目の小高』『ウクライナとの連帯』『「おだかのあかり」アーカイブプロジェクト』『小高への想いを語る集い』『自由人の集い』『おれたちの伝承館』などの取組です。
特に「おだかのあかり」は、そこに住み続けている人たちが努力し経験していることを、当事者の自由な言葉として浮かび上がらせ、それを記録しようという取組です。2024年3月には、第2世代でもある映像作家・すぎた和人さんが編者となり、報告者の山川顧問が発行者としてかかわられた、『おだかのあかりⅡ』が報告書として発行されました。
なお、YouTube に『おだかのあかりⅡ』の予告編がありますので、参考にURLを下記に記載しておきました。
https://youtu.be/2PtLLTPXEbo?si=JEV7N67z2uEITxoV
また、「おれたちの伝承館」には、昨秋の巡検の際におじゃまし、館長の写真家・中筋純さんからお話をお聞きするとともに、東日本大震災や原発事故を題材にした作品の展示を見ることができました。
最後に、第1世代と第2世代から出された、これからの小高区まちづくりの提案について、触れられました。
第1世代からは、生活や観光、交通、介護など様々な側面から南相馬市に対して、様々な提案が出されています。しかし、南相馬市からはほぼゼロ回答に近い結果になったのは、極めて残念なところです。
昨年の巡検の際に、双葉屋旅館の女将小林友子さんのお話の中にも、「せっかく地元の企業が手掛けた防災システムの仕事が、最近になって東京の大手の業者に変更になった」とあったので、事の詳細は分かりませんが、南相馬市の対応のありようが垣間見える気がしました。
第2世代からの提案は、前出の森山貴士さんからのものです。
提案に至る背景や内容を読むと、小高の置かれている現状と将来への不安と期待がよく分かります。
こうした提案の内容や市の対応を見ると、合併の弊害と言ってしまえば確かにそうかもしれませんが、このような提案がベテランの第1世代と若手が中心の第2世代の両方から湧き上がってくるということは、とても貴重で重要であると感じました。
南相馬市小高区の地域再興の特徴は、他の相双地域のような分厚い補助金による「大企業誘致」とは異なるもう一つの道を目指していること。「人の誘致」に伴って起業家コミュニティを作り上げ、多様なスモールビジネスを積み重ねていくという生業的再興に挑戦していることを指摘いただきました。
起業家にとって魅力的な場所となり、外部から人が入りやすいコミュニティがあるという小高の特徴が、他の地域にない独自性を生んでいるとの指摘は、この先の小高を考える上で重要なポイントであると思いました。
こうした独自性の背景には、小高区の歴史的な背景も深くかかわっているとの説明も興味深くうかがいました。一つは、改憲草案『憲法草案要綱』を著した憲法学者で反骨精神の持ち主であった「鈴木安蔵」の出身地であり、二つは、二宮尊徳ゆかりの地であり、二宮尊徳の教えのもと、独自性のある優れた藩経営をしたことで知られる地域であることです。
『おだかのあかりⅡ』のすぎた和人さんの記事のなかに、「小高の特色として挙げられるのが、自由活発に思った事を言うことだろう。住民の立場から熱い意見が沸き上がる地域協議会などその典型例と言える。」とありました。
報告後には、
南相馬市においても他の地域と同様に産業団地造成と企業誘致が進められている中で、これまで見てきたような小高の独自性のある取組がどう結びついていくのか、地域・コミュニティを支える経済を今後どのように発展させていけばいいのかということが、短い時間でしたが議論になりました。
こうした知見や課題を踏まえて、再び現地を訪れてみたいと思います。
これからの小高の地域再興がより一層充実して進んでいくことを願ってやみません。
報告資料はこちらを👉「原発被災地の企業的地域再興への挑戦―南相馬市小高区―(Ver1.55)」クリックしてください。
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