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短編 「教室の真珠」
大学の二次試験を控えた2月の夜、母はインスタントコーヒーとお菓子を持って部屋に入ってきた。この頃は追い込みで夜遅くまで入試対策をしていた。勉強をすると糖分を消費するので、当然お腹が減る。そんな私を見た母は、決まって差し入れを持ってくるようになった。
広げた赤本の横にはMary'sのいちご味のミルフィーユチョコレートが置いてあった。懐かしいな・・・。
袋を開けて、ひとくち食べた時、懐かしいあの頃の記憶がゆっくりと蘇ってきた。
3学期が始まって間もなく、私達は中学校生活最後の席替えをした。席替えと言っても周りが変わるだけ。私は一年間同じ席に座り続けていた。今でも覚えている。最前列の右から2番目の席。 席替えが完了すると、隣には岡本さんが座っていた。残りの3ヶ月はこの人が隣なんだなぁ〜と思った他には、特に関心は起きなかった。
彼女とは委員会で同じだった。私が委員長で彼女は副委員長だ。委員長や副委員長と言っても、メンバーは2人だけだから、どちらかが委員長になればもう片方は自動的に副委員長になる。
席替えの1週間後、月に一度の図書委員会会議があった。基本的に第二木曜日の放課後に開かれる。図書館利用者を増やすためにはどうすれば良いのかやどうすれば生徒がもっと本に興味を持つのかについて考え、話し合った。私は会議のときはいつも数枚の白紙とちょっと高めのボールペンを持って行って、会議中は自分のアイディアを練り、紙に書き出して考えていた。そして、ある程度の形ができたら、その紙を周りに回して「こんなのはどう?」と聞いていた。だいたい、会議では私の案が通る。他の人は雑談をしていたり、内職をしていたり。そんな感じだった。彼女を除いて。
彼女は私と一緒に、どうすれば図書館利用者を増やせるのかを考えてくれた。
このときは、スタンプラリーカードを作って、本を借りるたびにスタンプを一つもらえる。そしてある一定数スタンプを貯めると、何かしらの賞品がもらえる。といった案になった。(私が卒業したあとの話ではあるが、その案を後輩たちが実行してくれた。すると、図書館利用者がある程度は増えた。)
会議が終わると、私は彼女を待って一緒に教室に帰った。
その頃から、私は彼女とよく話すようになった。今までクラスには特に話せるような友人はいなかったので、卒業を目前とした時期ではあったものの、話せるような人が出来て、正直、嬉しかったのだと思う。
ある日、彼女は教科書を忘れてきた。どこの学校もそうではあると思うが、忘れた人は隣の人に見せてもらうような仕組みだった。
机をくっつけて、私は彼女に教科書を見せた。形はどうであれ、こうやって関わりを持つことができるのは、当時の私にとって貴重な機会だった。
授業が終わると、彼女は私に「教科書見せてくれて、本当にありがとう!たすかった〜!」と言った。私は「あぁ。うん・・・。」と返したが、内心は少し照れる気持ちと嬉しい気持ちと恥ずかしいような気持ちがあって、上手く言葉で表現できなかった。
それから、卒業するまで彼女はかれこれ3〜4回ほど教科書やノートを忘れて来た。その度、席をくっつけて、教科書を見せた。
最初に教科書を見せてから数週間がたった。通学路の梅は咲き始め、春が近いことを告げていた。
その頃の私は、授業を受け、彼女と話し、放課後には図書館に行き、帰り際には彼女に「じゃあね〜」というような日々を送っていた。今思うと、帰り際に「じゃあね〜」だとか言ったことがあの時以来なかった。彼女が帰るとき「バイバイ〜」と言うものだから、私は「じゃあね〜」と返す他なかった。
駐輪場で、吉原さんから声をかけられた。
「野口くん・・・。もしかして、マミのこと好き・・・?」と。
その時、初めて自分の気持ちに気づいた。そうだ、私は彼女のことが好きなのかと。
私は答える。「うん。そうだと思う。でも何故?」彼女は明らかに驚いた顔をした。
「マミね、最近は、ずっと野口くんのことを話すの。だから、逆に野口くんはマミのことをどう思っているのかと聞いてみたくて・・・。」
そこから先、どうなったのかは覚えていない。
ただ、まだ寒いはずの2月の夕方は、私には暑く感じたことだけは記憶に残っている。
2月14日、私は初めて母親以外の人からバレンタインチョコというものを貰った。チョコを貰った時、私は動揺していた。「ありがとう」と言ったが、頭の中真っ白になって何かを考えることは殆どできなかった。その場で袋を開ける勇気が出なかったので家に持ち帰ってからそれを明けることにした。
家に帰って袋を開けてみるとMary'sのいちご味のミルフィーユと小さな手紙が入っていた。
手紙を開けて読んでみると、彼女の小さな文字でこのようなことが書かれていた。
「野口くんへ
いつも教科書とかを見せてくれてありがとう!たすかっています。
これからもよろしくね。
____真珠より」と。
手紙を閉じると、私はミルフィーユを一つだけ大切に食べた。
それから、月日は流れて3月になった。
校庭の桜の木は蕾を付けていた。
暖かな3月の風が吹く頃、私たちは中学校を卒業した。
最後に私が彼女を見たのは、卒業式だった。結局想いを伝えることができずに高校生になり、そして今、その高校も卒業しようとしている。
時の流れは確実にあの頃の記憶を少しずつ侵食していっている。それは確かだ。
彼女は今、どこで何をしているのだろうか?
半分になったこの白い真珠のようなミルフィーユを見ながら、私はそのようなことを思った。