意気揚々と活きる 前編
俺達は山岳部OBだ。社会人になっても、数人で集まっては、登山していた。不景気の中、何とか集まっては、いつか世界最高峰エベレストへ行こうと、酒を飲みながら何度も未来の計画を立てた。しかし社会人ともなれば、それぞれ立場も違ってくる。特にあの時代は、不況の出口も見えないまま、リストラや企業倒産等が相次ぎ、会社員でいることさえも侭ならなくなり、陽気で屈強な山岳部OB会もバラバラに、最近では俺(岡田秀雄)と伊藤隆二、吉田武史の同期生3人で度々酒を飲んでは、山に思いを馳せる。そんな時ばかりは、陽気な山男に戻っていた。
世の中がどうあろうとも、伊藤は1人だけ別世界にいた。彼が勤めていた会社が倒産し、次の仕事先が見つからなくて、アルバイトをしていたが、いつも元気で明るく、エベレスト登頂の目標も揺らいだことは無かった。いつか3人で、最高峰へ! 必ず最後はこの言葉で盛り上がるのだ。伊藤の元気は、俺の拠り所だった。
その日、成果の上がらない仕事の最中、俺は上司に肩を叩かれた。リストラである。生まれて初めてのクビ宣告を受けた。猶予期間は1ヶ月だ。有給もたっぷりあったので、翌日は休んで1日寝た。それからハロワに行ったり、求人情報サイトを覗いてみたり、面接にさえ漕ぎ着けられないまま3ヶ月が過ぎた頃、実家の兄貴に電話していた。「兄ちゃん俺クビになった」「そうか、いつ帰ってきても良いぞ」「そうじゃ無くて、次の仕事がまだ見つからなくて、金、貸して欲しいんだ。来月の家賃に、片手分貸して」「おぅ、分かった。振り込んでおく、返さなくて良いから」「ありがとう、兄ちゃん、ごめんな」「ええよ、なぁ、クビも何も、不況の煽りだ。ヒデが悪い分けじゃ無い、ダメならば帰って来い、んでメロン作れ、メロン作りながらでも、山登りできるぞ、忘れるなよ」「うん、覚えておく」 翌日50万振り込まれていた。農家は現金が無いのに・・・帰ろうかなぁ
気付けば、毎日1人で駆け回ってすっかり疲れていた。色々相談したくて、久しぶりに伊藤と吉田に連絡した。伊藤とは連絡が付かなかった。元気な伊藤と会って、色々相談したかったのに、吉田からはメールが来た。(アルバイト中 後で連絡する)いいなあ、アルバイトも出来ていない俺は、社会から拒絶されている様な気がする・・・
また書類選考に落ちて、スタバでノートバソコンを広げ、求人情報を見ていたら、吉田から電話がかかってきた。「さっきはごめん、岡田は今どこにいる?」
スタバにやってきた吉田は、「アッブネェー! 詐欺に引っ掛かるところだったよー」と盛大に騒いでいた。俺は適当なラテとケーキを買ってきて、興奮する吉田に進め、彼の話を聞いた。書類選考に通って、会社説明会に行ったところ、仕事に必要な教材の購入と、その機材の使い方教室の受講料を求められ、フザケルナと、集められた全員で大暴れして、帰って来たと言うのだ。「ありがとう、甘い物食べたらちょっと落ち着いたよ」吉田はケーキを平らげて、デニッシュを頬張る。俺の分だけど・・まあいいか「大変だったね、俺なんかバイトにもありつけて無いよ」「俺も同じだよ、今月家賃の更新でさぁ、困っている時に寮完備の求人見つけてさ、履歴書書き込んでメール送ったら、新入社員の説明会に呼ばれて、それが詐欺だったって分けだ。アパート引き上げて、ロッカーに荷物入れちゃってあるんだぜ、馬鹿だったよ」「それなら、俺のアパートに来いよ、まだ数ヶ月は大丈夫だ。」吉田は、不意に泣きそうになり、備え付けの紙ナプキンで鼻をかんだ。
俺達は、ロッカーに立ち寄って帰った。吉田の荷物は登山用リュック一つだけ、売れる物は売って捨てる物は捨てた結果だそうだ。カップ麺とおにぎりで満腹、缶ビールで落ち着くと、吉田はリュックをガサガサして、通帳と財布を出して来た。通帳に残高1020円、財布に72円を示すと「これが今の全財産、やっと辿り着いた入社説明会に舞い上がっちゃって、このスーツとワイシャツ買ったんだよ、・・・だから、岡田から電話が無かったら、公園でリュックに凭れて寝るしか無かったんだよ、岡田、俺」吉田はリュックからタオルを出して、顔を埋めて嗚咽を漏らした。「お前はよく頑張ったよ、エライ! 俺も同じさ」そして兄貴に助けを求めた経緯を話した。「兄ちゃんに、送金が多すぎるから、必要の無い分は送り返すって言ったら、良いから全部使え! 農業は休みの取り辛い商売だから、見たい映画は見とけ、東京の思い出を作れ、踏ん切りが付いたら、帰っておいで、待ってるからって言うのさ、だから、どうしてもダメなら、お前も一緒にメロン作ろうぜ」そう言ったら岡田は、笑うんだよ「アハハ お前、農学部だもんなあ、俺は工学部だよ、俺ん家は北九州で、部品工場やっててな、俺、一人っ子なの、跡を継ぐ継が無いで大喧嘩して、お互いに振り上げた拳を下ろさない侭、証券会社に入社して出てきちまった。忘れてたよ、俺、少しずつ壊れているのかな? 岡田、缶ビールもう一本くれ」おぅ、と言って持ってくると、それを飲み干して、「親父に電話する、まだ喧嘩中やけぇ、お前立会人な」そう言って電話すると、スピーカーモードにしてテーブルに置き、正座した。俺も正座して向かいに座った。「もしもし親父?」「エッ武史か」「うん、あの時はごめんなさい、俺が間違ってました。」「何だよ、急にバカヤロウ(涙声である)何かあったのか?」「会社潰れちまった。帰って親父の手伝いして良い?俺を雇ってください」「良し、採用だ。終身雇用だから、覚悟して帰ってこい」「ありがとうございます」「ハハ、明日少し金送るから、お前が東京で一生懸命に広げた風呂敷、ちゃんと畳んでこい、帰る日時が決まったら知らせろ、母ちゃんと迎えに行くからな、元気出せ、意気揚々と帰って来い」「うん、父ちゃん ありがとう・・・切るね」「良かったなあ、吉田」
つづく