いつか、きっと、また。【輪島、珠洲、能登町】
2024年元日、お屠蘇をいただきおせちに舌鼓を打ち、炬燵でうとうととしていた平和だった夕刻。ゆらゆらと不気味な揺れがきた。船酔いを起こしそうな、いやな揺れがしばらく続き収まった後スマホが鳴った。
テレビをつけるとアナウンサーがほとんど泣きそうな声で「命を守ってください、逃げてください」と絶叫していた。
亡くなった私の祖父母は輪島市に住んでいた。
子どもの頃、夏休みをおばあちゃんの家で過ごした。
山に囲まれた古い大きな家。
そばにはホタルの群生地があり、コロナ禍前は観光バスがたくさんの観光客を乗せてやってきていた。
祖母が亡くなった今でも家があり、年に数回家に風を通すために海を見ながら長いドライブをする。
美しい海の景色と、里山、歴史ある古い神社と、朝市に温泉、海の幸と山の幸、うまい酒のある町。
懐かしいその風景が、TVの向こう側で壊滅していた。
海岸ドライブ のと里山海道
のと里山海道は、金沢から奥能登へと続く道路。
最初は有料道路だったけれど、近年無料化された。
その名の通り海沿いを走る道で、金沢から乗ると左手に海岸が続く。
のと里山海道に乗り、海が見えてきたら、やっほーと歓声を上げ、ノリノリで一人カラオケに突入する、いつものパターン。
日本海は時に荒れたりするけれど、晴天を映した深い青は清々しく美しい。
輪島の守り神 重蔵神社と輪島温泉の足湯
金沢から車で100キロ超。
輪島市に入り、海に突き当たった後、県道一号線河合中央の交差点を右折して国道249号線に入ると左手に重蔵神社が見える。
重蔵神社の主祭神は出雲から降臨し能登半島を平定したといわれる天冬衣命(あめのふゆきぬのみこと)、そしてその息子神縁結びの神として有名な大国主命(おおくにぬしのみこと)である。
重蔵神社の歴史は古く、1300年前にさかのぼる。
河井町1800戸の産土神として仰がれる。
朝市通りへ向かう門を抜け、まっすぐ進むと朝市通りがある。
日帰り温泉 ねぶたの湯
重蔵神社を出て国道249を東へ。
ここから半島の先端を一周する前に温泉に寄り道。
ねぶた温泉はアルカリ泉。
弘法大師が湯だまりに傷ついた豚が横たわっている姿(寝豚)を見て温泉の効能に気が付き、村人に入浴を勧めたのが起源と言われている。
弘法大師って、日本中で温泉見つけて回ってるよね。
アルカリ泉。しっとりとしたお湯を浴びた後は肌がつるつるになる。
国内外で温泉につかってきたが、間違いなくトップ3に入る湯であると思う。
国指定文化財名勝 千枚田
温泉を出て国道249に戻り、左に日本海を見ながら進むと千枚田が見えてくる。
千枚田は日本海に面して小さな田が幾重にも重なるように連なる棚田である。
日本海が夕日に染まるころ、千枚田はオレンジ色に満たされ訪れる我々を魅了する。
毎年、春には田植え秋には収穫のイベントが行われ、たくさんのボランティアの人々が訪れていた。
本来なら今頃は、棚田をイルミネーションで飾る幻想的なイベント『あぜのきらめき』が開催され多くの人が訪れていているはずだった。
千枚田を見下ろすポケットパークでは、いわしを原材料とした調味料いしりや塩田で作られる塩、地酒などの名産品が販売されている。
小腹がすいたら、千枚田で獲れた米を使ったおにぎりや輪島のソウルフード『かかし』、能登フグのから揚げやソフトクリームなどがあって、日本海を眺めながら食べることが出来る。
ただし、建物の外で食べる場合はトンビに注意してね。
名船漁港と御陣所太鼓
千枚田ポケットパークを出て国道249号線をしばらく進むと名船港が見えてくる。
海に突き出した岩の上に建つ石の鳥居が印象的だ。
ここでは、おどろおどろしい鬼の面をあてた男たちが髪を振り乱して太鼓を打つ勇壮なご陣所太鼓が打ち鳴らされる。
御陣所太鼓の起源は1577年(天正5年)。上杉謙信の軍勢が名舟に攻め込んだ際に、鬼や亡霊の面に海藻の髪を振り乱しながら太鼓を打ち鳴らす奇襲を仕掛け、上杉軍を追い払ったことに遡るといわれている。
能登半島最先端 禄剛崎灯台
名船漁港を後にして、海辺の道を走る。
塩田や、窓の空いた岩のある通称窓岩、冬の海風にあおられて空を舞う滝を見ることが出来る垂水の滝を左手に見つつ海岸線をドライブする。
途中、海に沿って249号線から県道28号線に入り、能登半島の先端に着くと、そこには白い灯台がある。
禄剛崎灯台は明治時代に作られ、近代産業遺産にも指定されている美しい灯台だ。
通称、狼煙の灯台と呼ばれ、今も現役で活躍している能登半島で最も古い灯台である。
海に浮かぶ軍艦 見附島
禄剛崎灯台を後にして、国道249に復帰した後は左手に海を見ながら輪島市街地朝市通りにむかう。
しばらく走ると、海の中に不思議な形の島が見えてくる。
高さは28メートル。とがった先端を浜辺に向けたその姿が、さながら軍艦が向かってくるように見える事から『軍艦島』とも呼ばれるこの島の名は見附島という。
引き潮の時は浜辺から島まで歩いて渡ることが出来る。
浜辺には、キャンプ場や遊歩道が整備されていて、海水浴シーズンにはたくさんの人が訪れていた。
悲恋の恋路海岸
見附島から国道249を北へ進むとすぐに海の中に建つ赤い鳥居が見えてくる。
デートスポット、恋路海岸だ。
恋路海岸の由来は悲しい恋の物語。石川県観光公式サイトからお借りする。
『その昔、深い恋仲となった2人の若者、鍋乃と助三郎がいました。鍋乃に思いを寄せる恋仇の男の罠のため、助三郎は海の深みにはまって命を落としてしまいました。鍋乃も助三郎の後を追って海に身を投げ死んでしまうという悲しい恋の伝説から、いつしかこの地が「恋路」と呼ばれるようになりました。』(石川県観光公式サイトより抜粋)
能登最古の酒造 宗玄酒造
恋路海岸のそばに、私が片思い中の奥能登最古の酒蔵宗玄酒造がある。
宗玄酒造は、日本4大杜氏に数えられる能登杜氏発祥の蔵と言われている。
酒蔵にはショップが併設されているので旨い日本酒を買い求めることが出来る。
たくさんあるからたくさん買える。
車だし、たくさん買っても重くない。
そして、おあずけを食ったドライバーには、大吟醸ジェラートもすこぶる美味なのだ。
イカの駅つくモール イカキング
宗玄酒造でおみやげの日本酒を買い込み、トランクに積んだら再び国道249を走る。
途中、美しい九十九湾(つくもわん)を臨む道の駅イカつくモールに寄り道する。
イカつくモールは、数年前、巨大なイカのオブジェが作られ話題になった。
これを見ようとたくさんの人が訪れるようになった新しい観光スポットだ。
巨大イカの名はイカキング。
イカキングの横に建つおしゃれなカフェ風の建物の中で、あまいあまいイカの丼をいただいた後は、県道6の山道を抜け、再び海に出て輪島市街地を目指す。
輪島は旨いものがいっぱい
輪島は旨いものの宝庫である。
普段は地元民御用達のスーパーで旨い刺身とか野菜を買って調理したりもするのだけれど、ホテルに泊まる人のためによく行く店を3つ挙げておく。
お食事処 やぶ新橋店 | 輪島
輪島の人はそばが好きだと思う。
祝い事、法事、お膳が出てくるときは、いつも最後におそばが出てくるように記憶する。
ついでに言うと、お膳に乗ってくる料理の中で私が一番好きなのはてんぐさを煮て米粉を入れ、固めた『すいぜん』だ。これに、黒ごまを摺って作ったごまみそをかけていただく。他の場所で食べたことがないから、多分輪島の郷土料理なのだと思う。
残念ながら、この写真にはないけれど、スーパーで買うことが出来るので試してほしい。
輪島寿司処 伸福 | 輪島の食処・飲処| 輪島市観光協会
近くのホテルの人に教えてもらった重蔵神社の向かいのお寿司屋さん。
旨い日本酒の肴には一品料理をどうぞ。
まずは、海の幸を肴にうまい酒でいっぱい。そして、濃いめの緑茶とお寿司。
忘れてはならないのは、8番らーめん 輪島店 (輪島市その他/ラーメン)
蒲鉾に8って書いてあるでしょ。
日本で一番古い朝市
輪島の朝市は、遠く奈良時代から続くと言われる日本一古い朝市で、日本三大朝市に数えられる。
朝が来たら、ホテルの朝食を取らずに朝市へ出かけるのがいい。
朝市は重蔵神社からまっすぐ伸びる道をワンブロック先から始まる。
角の漆器屋さん大徹 からまっすぐ進むと左にいつも丸柚餅子を買いに行く中浦屋 。
中浦屋の丸柚餅子はHPに『秋に収穫される旬の柚子の中身をくり抜き、その中に秘伝の味付けをしたもち米を詰め、それを数回蒸して約半年間も自然乾燥させる、という古くからの製法で一つ一つ丹念に作られる一年に一度しか製造できない貴重な一品です。』と書かれている通り丁寧に作り上げた和菓子である。もちろん、そのままでも美味だけれど、刻んでクリームチーズに混ぜると旨く、能登ワイン と合う。
さらに、朝市通りを西へ進むと、右手に見える日吉酒造店 代表銘柄は「金瓢白駒」。表にマジンガーZのラベルの日本酒が飾ってあったっけ。
その向こうには、なつめの店 小西 、天甚権兵衛商店 など輪島塗を扱う漆器店が並ぶ。輪島塗は日本を代表する漆器で、何人もの職人による何段階もの工程を経て作り上げられる。とても高価なものだけれど、朝市通りではコーヒーカップやお箸など、お土産者に丁度いい品々がたくさん売られていた。
輪島塗のお店でショッピングしてから、しばらく行くとマジンガーZが迎えてくれる永井豪記念館 。
永井豪記念館の向こう側の細い路地を海に向かうと、朝市を守ってくださっている市姫様をお祭りする市姫神社があったはずだ。
この辺りまで来ると、毎回おなかが空いてくるので、朝市さかば で朝食にフグ丼を食べる。
デザートは、塚本菓子店 のえがらまんじゅう。えがらまんじゅうはクチナシで黄色く色づけられたお米がのったお饅頭。朝市で食べると温かいふわふわが食べられる。
向かいの、重蔵神社の産屋で大柱の周りをまわって縁結びをお願いし、御朱印をいただく。
道の向こうは朱いいろは橋がかかっていて、その先はもうすぐ海。
来た道を振り返ると、商店の前には「ねえちゃん、買うてくだ」って元気に呼びかけるばあちゃんたちが出す出店が立ち並ぶのが見える。品定めしながらうろうろしていると「見てくまし」「おまけしとくよ」って呼び止められる。ばあちゃんたちは、なかなかお達者なセールスウーマンなのだ。
いつも買うのはイカの塩辛とわかめの茎漬け、鰯のヘシコも美味しいし、ふぐの糠漬は地酒に合う。ばあちゃんによって味が違うから何度か行ってお気に入りを見つけなければならない。
そんなゆるやかな時間が流れていた。
つい、この間まで。
いつか、きっと、また
新幹線の駅のある金沢から車で約100キロ強。
子どもの頃乗った汽車は、とっくの昔に廃線になり、今はバスか車で行くしかない。
旨いものあり、うまい酒あり、温泉あり、ホタルの里山があり、美しい海があり、温かな人々が暮らす街がそこにある。
海辺の市街地以外にも山間部に小さな集落が点々とあり、日本の原風景のような里山が広がっている。その一つに私の祖母の家もある。
2024年1月4日現在、家がどうなっているのかわからない。ひょっとしたら山が崩れてもう跡形もなくなってしまっているのかもわからない。
呆然とし、悲しみ、嘆き、それでもいつかきっと人々は苦難を乗り越えるだろう。
長い時がかかるかもしれないけれど、きっと乗り越える。
そうしたら、また、この宝石のような街に行って下さい。
素敵な、とても素敵な、ところです。