気になるコトバ:育児参加
最近、男性の育児参加について議論が繰り返されている。
実際に子育て真っ最中の母親である私は、この「育児参加」というコトバにふと疑問を持った。
「参加」って何よ。
参加というコトバを使うということは、「不参加」の選択肢が残されているということではないか。
育児は参加・不参加に関係なしに、自分の力だけでは生きていけない子どもが目の前にいるなら、大人であれば誰しもが「育児」するのは当たり前。
育児をしない男性は、「育児放棄している」ことにはならないのだろうか。
今の世の中の「育児をしていない」男性は、詰まるところ「育児放棄している」と政府は断言してしまい、「育児放棄をしないようにしましょう」ということをもっと啓蒙するべきなのではないかとも思ったり。
「男性の育児参加」というコトバって、とっても甘いと思うのは私だけ?
結局、世の中は男性が中心に回っているから、男性に対して正直甘くないだろうか。
その社会の中で頑張る女性、私も以前はそうだったが、その男性たちの中でいかに甘えた女子と思われないように、男性と同じように、もしくはそれ以上にがむしゃらに働いていた。
そのころは女性としての考え方を捨てていたかもしれない。だから、「男性の育児参加」というコトバを聞いても何も疑問は持たなかっただろう。
しかし、出産して母として子どもたちを育てることに集中した時間を数年経験した今、こうしたコトバに疑問を感じることが増えてきた。
話を戻そう。
女性が育児をしなかったら、すぐに「育児放棄」と叩かれる。
男性は育児をするだけで、「イクメン」として持ち上げられる。
褒めて伸ばすもいいけれど、当たり前を変えなければ世の中って変わらないのでは?
ふと部屋に掃除機をかけながら、こんなことを思いついたので今日はnoteに書いてみた。
この小さな声が、いつか大きな声として世の中に届いたらいいのにな。
大きくするために、意見を集めて然るべき場所に対して提案すればいいんだろうけど、残念ながら今の私にはそこまでの勇気とパワーがない。
だからこうして、自己満足のために少しだけつぶやいてみる。
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