星組『ベアタ・ベアトリクス』記録


星組バウチームの皆さんが千秋楽を無事迎えられて、そして全ツチームの皆さんが公演を再開できて本当によかったです……(千秋楽当日に書き始めたので、今やいつの話?ですが)
『ベアタ・ベアトリクス』、当然チケットは取れなかったため配信で観劇。美術史はさっぱりなんですが予備知識がさほどなくても面白く、終幕後にちまちまロセッティ周辺を調べても楽しくなれる作品でした。

あらすじ

ダンテ・ガブリエル・ロセッティはイギリス美術界の権威である王立美術アカデミーの学生。その象徴たる絵に落書きして友人のウィルともども退学になりかけるが、優等生エヴァレットの口添えにより、アカデミーの展示に出品し、絵が売れれば退学取り消しと言い渡される。ともに取り組む中エヴァレットとの絆を深め、またモデルとして起用したリジーをダンテ「神曲」に登場するベアトリーチェに重ね、愛し合うようになる。アカデミー展で彼の絵は売れ残ってしまうが、彼の思想に共感した批評家ジョン・ラスキンの批評のおかげで無事売り手がつく。一方、ラスキンは才能を見込んだエヴァレットに個人的にアプローチし、リジーをモデルに絵を描くよう依頼する。苦渋の決断の末にリジーをモデルにエヴァレットが描いた「オフィーリア 」は爆発的な評価を得て…


以下、鑑賞後リサーチを交えて気になったポイントです。

◯ベアトリーチェを描くという行為
ロセッティ、エヴァレット、ウィルが結成した兄弟団というのはいわゆる「ラファエロ前派」、ラファエロ至上主義的のアカデミーに嫌気がさした連中の集まり。自分が復習した限り、エヴァレットが言ったように、ラファエロ前派の、というか反アカデミーをやるにあたって基本となるのは「写実主義」、「対象を自然に忠実に描くこと」だった。でも、ロセッティはデッサンが好きじゃない(ウィルもだけど)から、デッサンを怠らないエヴァレットと違って、行動と思想は一致していない。彼の創作意欲の源、ダンテの詩「神曲」に登場する女性ベアトリーチェを描くこと。文字のなかの美しい女性は読む者それぞれの理想の女性、つまり人によって姿を変える。その女性を描きたい、というのは観察に基づいて書く写実主義とはかけ離れるんじゃないか?とは思った。でも聖書に題を取るのも同じことだし、その点での非写実主義はセーフなのかな?有識者にぜひお聞きしたいです。
ただ、この作品においてのロセッティの憧れる「ラファエロ以前」というのは、様式主義でない時代、というよりダンテの時代だったんだろうな、と思いました。ロセッティの兄弟団の活動の動機付けとして面白かったです。

◯芸術家とミューズ
この主題があると、つい『夢千鳥』と『巡礼の年』を思い出してしまう。芸術家が複数のモデル(=ミューズ)を持つことの問題は夢二の妻・他万喜が体現していたけど、今作では一人のモデルが複数の芸術家のミューズになることの問題に焦点があたる。
ロセッティの2人目のミューズであるジェインが「自分を見ていても目に映っていないと思うとつらい」(大意)と言っていたので彦乃とお葉かな?といちいち『夢千鳥』になぞらえながら観ていました。にしても泥沼すぎる愛憎模様…
今回の主要キャラには、ウィルとモリスを除いて(ウィリアムはいい人ばかり)必ず複数人「関係者」がいる。知り合いのパートナーを奪らんと気がすまんのか!?という具合。リジーもジェインもエフィーも気の毒…

◯演出の美しさ
画家の話とはいえ複製の絵をバンと出すだけだとインパクトとかロマンに欠けるよな、と思っていましたが、絵画の表現が本当に美しかったです。沼のような色の布を翻してリジーの周りを飛び回る踊り手たち。あんな美しい絵だけど、その背景は決して素晴らしいものではなかったんだな、というのがすごくわかりました。

◯「批評」の力
批評家ジョン・ラスキンの登場によって話が大きく転換したことにも象徴されるように、絵画そのものより批評がそこに付与する意味のほうが大きな力を持つことが多かった。ロセッティがアカデミーの展示に出した絵は凡百扱いされていたけど、ラスキンの批評によって見方を変えられた教師の妻が買い取る。批評という行為自体は必要なものだと思うけど、この物語だとある種ロセッティの無力感を増幅させるなーと思った。

登場人物/キャスト

◯ダンテ ・ガブリエル・ロセッティ(極美慎さん)
笑顔がまぶしい……というか、いつ何時でもまぶしいです。それはたぶん素の極美さんの輝きでもあると思うんですが、笑顔のどこかあどけない感じが、ひん曲がりつつ大人になれないロセッティの無邪気さとしても成立していてよかったです。ずっと髭を生やさないのも未熟さの象徴、永遠に学生のまんま感に拍車をかけてました。
でも落ち着いたお芝居もじんわりよかった!リジーとのアトリエでのやりとり、床についてミレイと交わす会話。リジーが詩のスケッチを手にとった時の「ちょっと、いつの間に」「だから見せたくなかったんだ」って声の優しさ。酔っ払い芝居もホントに目が据わっていて心配になりました。

◯リジー(小桜ほのかさん)
「Gran Cantante!」のパレードで改めて歌がお上手な方だと認識したところの今回のヒロイン。
無邪気な少女のようでもありながら、ロセッティのコンプレックスも受け止める大きな度量をもつリジー(実際たぶん立ちはだかる父親の対となる母親としての役回りもあった)。前半はまぶしいくらい健康そのものだった彼女が、オフィーリア以降患ってしまって、ロセッティとの不仲も相まって心身共に弱っていく姿は見ていられないほど痛々しかった。(話はそれますが、オフィーリアの再現のために長時間風呂に浸からされて死にかけたエピソードが実話なの、ヤバすぎます) 劇中変化が多いながらも芯の部分は変わらないリジーを役そのもののように演じられていた。本当にチャーミングな、これからもっとたくさん見たい娘役さんですが、『ディミトリ』のリラの精というのはどんなお役なのでしょう…。
しかしリジー、正直気の毒としか言いようのない役回りではあります。本作では、彼女本人も絵を志したって設定があるから余計に。とはいえ配達品をなくして、給料から引くからね!と言われてそんなあ…ってなるのは、そりゃそうだろとは思いました。あそこは落ちてたからって勝手に箱開けて帽子かぶるロセッティも常識ないが。帽子屋の店主にあんまり非はないよ……

◯ジョン・エヴァレット・ミレイ(天飛華音さん)
柳生、めぐり会いと後輩感・コメディ味の強いキャラクターが続いたので、今回のキツめな優等生の天飛さんは個人的には新鮮でした。端的に言ってしまうと陽のイメージが強かったので一匹狼的な役をあまり想像してなかった。でも、基礎に裏打ちされた実力、本当は素直な人柄を持ったミレイの苦悩を表現されていて、見入ってしまった。床についたロセッティに勝負を持ちかける場面は特に物凄い熱演で、こぼれた涙が見えた。あと個人的にミレイの髪型めちゃくちゃ好きです。

◯ウィリアム・ハント(碧海さりおさん)
ロセッティのせいで退学になりかけたにもかかわらず、ずっと彼の世話を焼き続けるいい友達。
でもただただ気の弱いいいやつとかではなくて、「こいつに巻き込まれただけです」ってちゃんと言える、芯のある人。

◯ジェイン(水乃ゆりさん)
エルベとめぐり会いの影響か、これまたかわいいんだけど垢抜けないキャラのイメージが強かった水乃ゆりちゃんの美女〜〜〜なジェインに衝撃を受けました。というか吊り目だと思っていなかったので、はじめゆりちゃんだとわかっていませんでしたが、パーティーに現れた時のダークかつ妖しい色のドレスには目を奪われました。

◯ジョン・ラスキン(ひろ香祐さん)
ロセッティの救い主。と思いきやせっかく仲良くなった兄弟団の絆にヒビを入れます。各メンバーに志はいいよーとか言って褒めつつ、いいなと思った人は個別にスカウトするの生々しい……。あのモデルを君の絵で見たい、というほど推していたエヴァレットと妻が近づいていくにつれやつれていくのが、ある種自業自得な部分もありながら少し気の毒になりました。

星組公演が待ちきれない!

というわけで、追いかけっこちょっと長いな……という最初の心配を吹き飛ばす、すごく面白い作品でした。どうやら自分は文化史テーマがツボのよつなので、熊倉飛鳥先生のこんな作品も、また違うテイストの作品にも大期待です。そして大劇場公演では見逃しがちな組子さんたちをじっくり見れた分、『ディミトリ』でみなさんに再び会えるのも楽しみです!

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