自ら命を絶った息子――命って、生きるってなんだろう?⑨
最愛の息子を亡くし、外の世界が怖くなった母親の話。
《犯罪者》
息子が亡くなってすぐは、いろいろな手続きに追われ、
忙しかったせいか、何も考えず、何も感じなかった。
しかしある日、スーパーに買い物に行ったら、
バッタリ知り合いに会った。
その知り合いは、息子の死を知らなくて、だから、私が葬儀などで仕事を休んでいた事も知らない。
普通に生活していたら、普通に交わす、今までなんとも無かった言葉が、私の心を突き刺した。
「最近、見かけないね?仕事、休んでるの?」
笑顔で話しかけられ、なんて答えたらいいか、私は悩んでしまった。
もちろん、相手の方は、悪気も無い。
息子が亡くなった事を話したら、その知り合いは、きっと、悲しい気分になり、私に申し訳ない気持ちを抱くだろう。
だから、話を簡単に終わらせようと考えた。
私は「ちょっと不幸ごとがあって」と、作り笑顔で話して、その場を離れようとした。
なのに、涙が自然と流れ落ち、ポロポロと止まらない。
ヤバイと思い、涙を我慢したが、無理して笑おうとするから、顔がこわばる。
知り合いは「ごめんね」と言い、その場を去って行った。
すごく惨めだった。
きっと明日、私の話になって、その知り合いも、『息子の死を』知るんだろうなぁって考えたら、
心臓がバクバクした。
もう、今までのように、普通の生活は送れないんだとその時感じた。
もしも息子が亡くなった事を、まだ知らない誰かと、町でバッタリ会って、
『息子さん、何歳になった?』
なんて聞かれたら、私は、なんて話せばいいの?って、先の事まで深く深く考えてしまう。
嘘つけばいい?ごまかせばいい?本当の事言って、悲しませたらどうする?泣いたらどうしよう?
頭の中はパニック状態になり、
私は外が怖くなった。
買い物は、車で1時間かけて、朝早く、帽子をかぶって出かけた。
車の中なのに、帽子を深くかぶって、マスクをして顔を隠した。
知り合いと、車ですれ違うだけでも怖かった。
無理して元気なふりをするのが、疲れ、億劫になった。
仲間との連絡も断ち切り、メールのアドレスも変えた。隠れる生活と、引きこもりの日々。
私はまるで、ひっそりと身を隠す、無職の犯罪者のようだった。
誰とでも話せて、たくさんの友達がいた私は、誰とも話したく無くて、みんなの優しさを無視するような、人間になっていった。