橋本治「ひらがな日本美術史」第3巻 泰西王侯騎馬図屏風 カッコいいもの ダビッドのアレ
還暦っていいな。
あまり意味をよく知らないが、なんでも赤ちゃんに戻るそうではないか。
赤ちゃんだから大抵のことは見逃してもらえる。
いいわー、還暦。
子供の頃から好きだった「お絵描き」を堂々とやったって誰も咎めない。
なんだったら還暦祝いに画材まで買ってもらっちやった。
ナイス、還暦。
絵を描くということにずっと罪悪感を持っていた。 会報誌の表紙を担当したり、イベントの舞台の背景を描いたり、それなりに活動はしてきたが、ぜんぜん楽しめなかった。
頼まれれば大威張りで絵筆も握ったが、ひとりで楽しむために絵を描いていると、どこからか聞こえる。
「そんなことよりもっと大事なこと、他にないわけ?」
それはもう意地悪な声だ。
まあ、自分の声なんだけど。
どこかで勉強したわけでもないし、たいして上手でもない。 他の人より多少は描けるから頼まれれば描くけど、本音を言えばいつだって自信がなかった。
母も絵が好きだった。
父もどちらかと言えば絵心のある人だった。
そして、そういう人はなぜか批評家になる。
あんたの絵はオリジナリティがない。あんたの絵は暗い。デッサンがなってない。色が酷い。
頼むからルノアールとくらべないでください。
両親にしてみれば、うっかり絵の道にでも進まれたんではたまらないという予防線だったのだろう。
今は感謝している。
会報誌の表紙を2年やったが、月1枚のカットが地獄のように苦しかった。
傷ついたけど、両親は結果的に私を守ってくれたのだ。
今でもルノアールは大嫌いだけど。
「泰西王侯騎馬図屏風」をこの本で初めて知った。 安土桃山時代の絵師がこれを描いたなんて今でも信じられない。 馬の描写なんてダビッドのナポレオンが乗ってるアレじゃないか。
「日本美術史」になぜダビッドが?と、一瞬思うほどだ。
墨と岩絵具を油で溶いて、ちゃんと陰影を表現した絵が襖に描かれている。
あまりの節操のなさに唖然とするばかりだ。
橋本治は絵を描く人だった。
この屏風は最初、襖に描かれてあったのを後になって屏風に仕立て直したものであると説明した後で、私が多分このシリーズの中でいちばん好きな彼の妄想が始まる。
安土桃山時代のほんの一瞬、黄金の花を咲かせた「南蛮美術」の絢爛たるミスマッチぶりをこんな例えで紹介しているが、これはやっぱり、自身が絵を描く人の言い様なのだ。
「ゾクゾクするほどカッコいい。」と橋本治は言うが、私はこの妄想のほうがずっとずっとカッコいいと思う。
ミスマッチはカッコいいか陳腐かのどちらかに振り切れやすい。
相当な審美眼が求められる冒険だと思うが、安土桃山時代の絵師たちは別に冒険していた訳ではなくて、
「描けっていうなら描くけど。」で、ぺろっとあんな仕事をやってのけた。
そしてその審美眼の凄まじさは、四百年経った今も私たちを「ゾクゾク」させる。
彼らはあくまでも「職人」で、アーティストではなかった。
ついでに言えば、ミケランジェロもそのスタンスは「職人」だったんじゃないだろうか。
クライアントの注文を聞いて、粛々と作品に取り組む。
その「仕事」を何百年も経って「芸術」にしてしまったのは、当たり前だけど彼らが持つ審美眼だったのだと思う。
金髪をなびかせて嫣然と微笑むビーナスの前で脇息にもたれて淀殿が座っている。
立膝のいかにもくつろいだ姿勢だ。
激しい気性を目の内に秘めて、不適にこちらを見下ろすシャトレーゼ。
こんなのを絵に描くことが出来たらどんなにいいだろう。
還暦を迎えて赤ちゃんがえりしたら、めでたいことにあの意地の悪い声はなりを潜めてしまった。
もう、好きなことやっちゃえ。
ええやんか、今まで頑張ったんやから。
そういう開き直りが、あの自虐的な囁きを追い払ってくれて、晴れて楽しい「お絵描き」が出来るようになった。
でも、淀殿はちょっとなあ。
ハードルが高すぎて楽しめそうにない。